昼下がりの憂鬱 ★
「あ、天音くんだ」
テレビを観て、常が呟いた名前に、さなきは顔を歪める。麗らかな昼下がりに、見たくもない顔を見てしまった。皆さんが期待してくださったから……と殊勝な態度でインタビューを受ける天音を見て、あーあ、と頭を振る。
「これで、猫被ってるんだから幻滅よね」
その台詞に、そうかなぁー? と常は間延びした声を出す。
「振り切れてるから、僕は凄いなぁって思うけど。この間ここで、龍宝くんに散々悪態ついて、さなきちゃんとバトルした子とは思えないもん」
のほほんとした顔で、誉めているのか貶しているのか良く分からないその意見に、短く息を吐く。
ここは、喫茶店三日月。リンカーとして、まだパートナーと共鳴できていない暁が、代理としてだが営み、リンカーのパートナー側であるセンティフォリアやクフェアが従業員を務めていた。そんな事情もあって、こうやってリンカーが集まることも多い。一般人のお客さんがいない時には、リンカー共通の話題に花を咲かせることもあった。
喫茶店に置かれているテレビ。そこに写った天音の顔を見て思い出される記憶は、先週くらいだろうか。
龍宝という、青年のパートナーがいる。彼は、自身はあまり自由に動けないからと、主に他のリンカーに協力したり、情報を集めている。そんな彼が、本部のブリーフィングに参加しに来ていて、帰りにこの喫茶店に少しだけ合流したときの事。駆け込んできたのが、天音だった。
――……
その日さなきは、喫茶店三日月の、入り口に近いテーブル席でひとりで読書をしていた。
「龍宝、いる?」
声を掛けられて振り向けば、ピアニストの霧生天音。金色の髪と、緑色の瞳。その整った容姿から、天使と称される事もある少年ピアニスト。その存在は、さなきも知っている。突然の有名人の来訪に、えっ、と視線を彷徨わせた。カウンター席で、常と話していた龍宝のほうに視線だけ送ると、天音はその視線についていき、龍宝を見つけた。どう言葉にするか迷うように控えめに口を開く。
「……皆、関係者?」
そう尋ねられて、天音が龍宝のマスターなのだと察する。店内にはさなき達の他、龍宝、常、センティフォリア、暁の姿しかない。若干驚きに瞳を瞬かせ、小声で「そうだけど」と答えるさなきの言葉を受けてすぐ、天音はつかつかと龍宝に近より、あのさ、と低い声を出す。
「遅いんだけど。僕に黙って寄り道とか、良い身分過ぎるんじゃないの?!」
不機嫌さを隠さないその様子に、え? と。驚いたのは、その場にいたマスター達。けして広くないとはいえ、店内中に響き渡った怒声は、テレビで見る天使と称される少年のものとは思えなかった。
「天音……。すみません、しかし……」
言い淀む様子に、はあ? とカウンターのテーブルを叩き、もう片方の手で龍宝のスーツのネクタイを引き、詰め寄る。
「口答えまでするわけ? 次のスケジュールが把握できなくて、母さんが煩いんだけど。全部お前が管理してるって答えてあるから、精々上手く対応してくれる?」
「……かしこまりました」
天音の手をネクタイから外し、カウンター席から立ち上がる。乱れた衣服を整え、お辞儀をしてみせる龍宝は、まるで従者のように見えた。
「わかったんなら、さっさと連絡しなよ、今すぐ! お前がトロいせいで僕に凄い迷惑が掛かるの、何回言ったら分かる訳?!」
その言葉を最後に、しん……と静まった店内。納得いかないような顔をした天音が息を吸い込む前に、暁と常は目線だけを合わせ、頷きあう。暁が、おい、と言葉を発する。
「あんまり店ん中で騒がないでもらえ……」
……るか? と言い終わるか言い終わらないかでさなきが叫ぶ。
「ちょ、ちょっとアンタ!!」
龍宝のマスターが霧生天音であることや、テレビで見る霧生天音のキャラとギャップがありすぎることにしばらく席でポカンとしていたが、目の前で起きたあまりの出来事。暁の台詞を遮る形になってしまったが、もう黙っていられなかった。やれやれ、といったように嘆息する暁は、とりあえず動向を見守ることにしたらしい。
「龍宝さんは今後の活動について打ち合わせ中なのよ? 無理やりアンタの都合押し付けるとか……!!」
憤慨し、テーブル席から立ち上がって、天音に詰め寄る。だが、意にも介さないような涼しい顔でこちらを一瞥すると、不機嫌そうに息を吐き出す。
「何、お前。僕のスケジュールって分刻みなんだけど。その打ち合わせとやらで僕の都合がズレたら、お前責任とるの? あのさぁ……マスターに選ばれたからって、暇な人間ばっかじゃないんだよ?」
鼻で笑うように、さなきの制服を眺めた後で「ただ学生やってればいい奴には分かんないだろうけど」と付け足す。
「なっ……」
「さなきさん、すみません、大丈夫です」
天音との間に割って入るような形で、龍宝は首を振る。
「大丈夫な訳っ……」
「さなきちゃん、落ち着いて。事情は各々なんだから、僕らが口出すことじゃないよ〜?」
はい深呼吸〜、と。場違いに落ち着いた常の言葉に、喉から出かかっていた次の言葉を飲み込んだ。思ったことをすぐ口に出してしまうのは悪い癖だと、散々学んでいるのに。そんなさなきに冷ややかな視線を送る天音は、まるで勝ち誇るかのようにふん、と鼻を鳴らす。
「……さ、終わったか? ここはお前らだけの店じゃねーんだから、少しはわきまえてくれよ」
タイミングを見計らって声を掛けた暁は「はい、会計」と、龍宝に伝票を渡す。センティフォリアが会計を手早く済ませ「ありがとうございます」と声を掛ける。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした」
龍宝は、暁とセンティフォリアに頭を下げる。そんな彼らを見て、天音は店内を見回し、はあ、とめんどくさそうに息を吐き出した。
「……言っとくけどさ、この事誰かに言ったら僕もそれなりの対処するから。まあ……リンカーの件同様、他言無用でお願いしますね?」
最後にとびきりの猫被りスマイルを残して、すまなさそうにする龍宝を連れ、出ていった。
なによあれ!! と、しばらく憤慨していたさなきの話を、常、暁、センティフォリアがなだめるように聞いてくれていた。
……――
一通り思い出すと、不愉快だし不甲斐ないしで胸が詰まる。
「あーあ、あたしファンだったのにな」
呟いて、ドリンクのストローをくわえる。
「さなきちゃんて、意外と流行りもの好きだよね」
そう告げる常は、そこそこ有名な作家。悪い? と目線だけで問いかける。
「まあ、不死川さんは作家さんだからイメージも何もって感じだし、実物が思ってたよりふわふわで変人でも、今でもファンって言える。好きなの、文章だったし」
「それ、喜んで良いの?」
呆れたように呟く常の言葉は聞こえない振りで、言葉を続ける。
「あと、和泉さんは、実物と会ってもイメージのまんまって感じだったのになぁ。ますますファンになったし」
「遼成くんか〜。確かに彼は印象に違わず爽やかだよね」
うんうん、と相槌を打つ常を横目に、なのに! と、テーブルを叩くように勢いをつけて。
「霧生天音にだけは幻滅したなって、そういうこと! 龍宝さんに同情するわ!」
「そうかなぁー。素直じゃないだけだと思うけどなー」
その言葉を聞いて、う……と言葉を詰まらせたあと、うーん……と首を捻る。
「それ言われると……弱いかも。うちも……何て言うか、他所のペアの事は言えなかった」
素直じゃない、という単語に、自らのパートナー、セロームを思い浮かべる。彼も、素直になれないだけなんだと、信じたいのだ。
しょんぼりとした様子に、常は少しだけきょとんとして、堪えきれずといったように笑った。
「さなきちゃんは、凄い素直だよね」
「わかりやすいってこと?! え、そんなことないでしょ!」
顔に出た?! と、両手で顔を押さえるさなき。
「どうかな〜?」
茶化した後で、それはともかく、と。ふと真面目な表情で顎に手をやり、考えるような仕草をした。
「僕は、龍宝くんの方が心配かな。彼、生真面目そうだから」
「なんで? 龍宝さんはしっかりしてるじゃない」
「うーん、なんとなくね。彼の動向には、気をつけてあげた方が良いかも……」
え? と目を瞬かせていると、真面目な表情のまま目があった後、いつものようにふわふわとした顔で笑った。
「……なーんてね。そういう台詞、ありがちでしょ?」
「冗談なの?! ちょっと、やめてよ!」
眉を上げて見せれば、あはは、と笑って、時計に目をやる。あれ、と目を丸くした常は、右側だけ目にかかる長さの前髪を、ピンで留めた。
「ちょっとサボりすぎたかな〜。ごめんさなきちゃん、僕、仕事かたずけちゃうから」
「……アタシも帰って勉強しよっかな。セローム、来ないし」
ふいにつまらなくなって、ため息を吐くと、ドリンクを飲み干す。
「あれ、待ち合わせ?」
「そういう訳じゃないけど……ここにいたら来るかなって」
あてが外れたわ、と唇を尖らせるようにした。
「待ってたんだ?」
「まあね、悪いの?」
「悪くない悪くない。素直なのは良いことだよ」
「馬鹿にしてるんでしょ! あ、生駒さーん、ティーさん、ご馳走さまですっ。会計、お願いしますっ」
ありがとうございました、と。会計と見送りをしてくれたセンティフォリアに手を振って、さなきは喫茶店の扉を閉め、走り出す。
少し先の角で、その姿を見送ったセロームには、気づかないまま。
...fin
Thanks&Name Thanks...!!
生駒暁/センティフォリア/クフェア/和泉遼成/セローム/喫茶店三日月(魚住なな様宅)
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