041



宴の翌日、璃生は自分の力がいかなるものなのかを知るために、シャンクスさんを始めとする幹部の皆さんと共に甲板にいた。
一般船員(クルー)の人たちも遠巻きに興味を持ちながら見学しているのが見て取れる。
シャンクスさん、ベックマンさん、ヤソップさん、ルウさんの他にはライだけがその場への同席を許可されていた。
ライは他の船員(クルー)から、お前だけずりぃぞー!と文句を言われていたが、璃生の護衛役だからという大きな理由で皆納得させられていた。

「じゃあ、とりあえず今できることをまとめてみるか」
「はい…!」

なにやらバインダーらしきものを手にするのはベックマンさん。

「声が聞こえる相手は、動植物および海ってとこか?」
「海の声は普段は聞こえません。こないだも、必死で祈ってようやく聞こえたくらいで…」
「そうか。普段から聞こえるのは動物と植物の声か?」
「はい」
「植物ってーと、木材なんかも当てはまるのか?」

シャンクスさんのその言葉に、璃生は首を傾げた。確かに、植物と言えば地面に生えている木からの声は聞こえたが、街中の屋台や木箱からは聞こえてこなかった。

「木材…どうなんでしょう?」
「例えるなら、この船の声とかは?」

トントンと足先で船を示すシャンクスさんの言葉に従って、ソッと目を閉じて集中してみるが。

「聞こえない、ですね」
「切り花とかはどうだった?アイオリアで花屋の前通っただろう」
「聞こえなかったと思います。街中で彼らの声を聞いたのは、こないだのねずみと犬が初めてです」
「となると、人の手の加わったものは聞こえなくなると考えた方がいいな。次、その能力が能動的にも発動できるものなのか、だな」
「能動的?受動的の反対だから…、自分から発するってことですか?」
「そうだ。聞こえるってのはどうも受動的だからな。お前から呼んだことはあるのか?」

そう聞かれて、璃生は振り返って考えてみた。今まで声が聞こえたのは数えて四回、だろうか。
クレメンスで目が覚めた時。
この船に乗る直前、男たちに追われた時。
アイオリアに停泊中、船の上で落ち込んでいた時。
そして、こないだの路地裏で。
そのどれも、璃生から声を発したわけではなかった。
気が付けば彼らから話しかけてきてくれていたのだ。

「私から呼んだことは、ありません。けど、それができないのかどうかは、わからないです」
「なるほどな、しかしやったことがないだけで可能性はあるだろう」
「あァ、なんせ海に祈ってライを生還させたくらいだしな」
「あの時は…必死だったのでできただけだと思うのですが…」
「ま、やってみればいいさ。そのための時間だろ?」

恐れることはない、何かあってもどうにかできるように俺たちがいる、というシャンクスさんの言葉に、璃生はゆっくり頷いてソッと目を閉じた。

(だれか…いる?私の声が、聞こえる?)

心の中で問いかける。声に出さなくても声は聞こえるというのはこないだの事件で知っていた。

「声に出さなくても使えるのか?」
「あの様子を見る限り、そうなんだろうな」
「そりゃいいな。万が一こないだみたいなことがあっても相手に悟られず行動を起こせる」
「呼べる動物の大きさにもよるんじゃねェか?話に聞く限り、鳥だとかねずみだとか小せぇモンばっかじゃねェか。もっと大型の奴は呼べねェのか?」
「海にも声が届いたってなら、クジラとかも呼べそうっすけどね」
「クジラ!呼べたらすげェな!」
「おい、そこまでにしろ。リオが集中できなくなってる」

ベックマンさんの一言は、とてもありがたかった。璃生は苦笑をこぼして、再び集中する。

『アイリーン』
『アイリーンが呼んでる』
『アイリーン…』
『あいりーん!』
(っ!聞こえた…!)

耳に届いた声を皮切りに、璃生を呼ぶ声は幾重にも重なって聞こえてきた。
少しずつ近付いているのかそのエコーのような響きは、どんどん大きくなっていく。
璃生が辺りをきょろきょろと見渡すと同時、遠巻きに璃生たちを見ていた船員(クルー)達の端々から声が上がる。

「おい、なんだあれ!」
「あっちの方からもきてるぞ!」

船員(クルー)の人達の声が示す方向に幹部の皆さんと一緒に視線を移す。
そこには、緩く波を立てながら船に迫る海洋生物たちの姿があった。
イルカやシャチなどの大型の生物から、その周りを取り巻く幾千幾万もの魚たち。

「こりゃ、四方を囲まれてるな」
「四方だけじゃねェぞ、ベックマン。上を見な!」

生き物が押し寄せたのは海中からのみではなかった。
バサッと羽ばたきの音がして一人また一人と顔をあげると、上空を旋回する何百羽にも及ぶ鳥達が甲板に影を落としていた。
その種類も、鷹や鷲などの獰猛なものからカモメや海猫、鳩など多種多様だった。

「…………っくく、だっはっはっはっは!!こりゃぁ、派手でいいなぁ!良い能力を得たもんだ、リオ!」

大きく破顔したシャンクスさんにガシッと肩を抱かれて、船縁まで誘導される。
そこには海面に顔を出して璃生の声を待つ海洋生物達がいた。視線を上にあげれば、これまた璃生を見ながら優雅に旋回する鳥達。
総勢で幾万にも及ぶ動物たちに、璃生は圧倒された。

「す、すごい…」
「青い顔してるなァ、力使って疲れたか?」

シャンクスさんが璃生の顔を覗き込んで言う。少し心配そうなその顔に、璃生はフルフルと頭を振った。

「あ、いえ!ただ、ほんの少し呼んだだけなのに、こんなにたくさん来てくれて嬉しいのと同時に、改めてすごい力なんだなァって…」
「まァ、おいおい慣れていけば良いさ。体力や気力が減った感覚はあるか?」
「いえ、それは大丈夫です」
「そうか、それなら良い。ベック!」
「もう書いた」
「おう、さすが!仕事早いな」

シャンクスさんはベックマンさんの名前を呼んだだけだったが、ベックマンさんにはシャンクスさんが何を言いたいのか理解できたようだ。阿吽の呼吸だなァ、と思う。

『アイリーン、何か用か?』
『用がないなら、俺たち戻るぞ』
「あっ、ちょっと、待ってくれる?だれか残ってくれないかな?えっと、この力について知りたいから、一人で良いんだけど…」

呼んだのに何も話さずにいた璃生に動物たちがしびれを切らしたように口々にそう言った。璃生は慌てて彼らを引き止める。

『それなら私が話そう』
『一応、我も残っておこうか』

ザバリと波をかき分けて璃生の前に進み出たのは一頭のイルカ。
その後にフワリと璃生の肩に舞い降りたのは、かつて璃生の無聊を慰めてくれた海猫だった。

「じゃあ、えっと、ほかのみんなは…大丈夫。来てくれて、ありがとう」
『どういたしまして』
『いつでも呼べ』
『世界の愛し子、我らはいつだってお前と共にある』

璃生がおずおずと感謝を述べると、イルカと海猫を残して動物達は去っていった。
船員(クルー)の一人が漏らした、すげー…という声に、璃生も内心で頷く。

(すごい力なんだけど…使い方ちゃんとしなきゃ…)

コントロールできなきゃ、大惨事を起こしてしまいそうで少しだけ不安が残った。
気分はそう、包丁を始めて握った時のような。
あるいは働いていたカフェで、煮えたぎるお湯の入った鍋を移動してる時のような。
自分の手の中にある凶器とも言えるような力を、正しく安全に使えるように。
それは、一種の責任感だった。

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ss

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