そのろく


あと1日で1年が終わりを迎える。
大掃除は…まぁやっていない。
散らかっている部屋を片付ける気になれず、いつものようにホットカーペットの上に毛布を敷きその中に挟まれてごろごろしている。
だらだらしすぎなほどだらだらしている私に、カイトは眉を顰めた。

「あーもう、休日のお父さんみたいにごろごろしてないで…少しくらい掃除を手伝ってくださいよ」
「ぬーーーーーーー」
「ぬーーーーーーーじゃないですよ!」
「ねぇカイト…なんでいきなり掃除しようなんて考えたの?いつもは『縛って!』って言うくせに…それすらしないでテキパキと掃除をし始めて…なんかおかしい」
「何言ってるんですが。掃除するのが世間一般の常識じゃないですか!」
「…常識外れの君が言えることか?」
「常識の無いマスターの言えることですか」

まぁ、うん…結構痛い一言を言われたような気がするけれど。
……まぁいいや。なんかもう怒る気力もおきない。
だって、こんなにここはぬくぬくで幸せで…眠くって…ふあぁぁ…
昼過ぎに起きて、今いっぱい寝ているはずなのに眠気が襲う。
休日っていうのもあるのだろうが、カイトが来てからどうも私はよく眠ることが多くなったような気がする。
耳元でカイトが何か言ってる気がしたが、意識は闇に吸い込まれていった。




私ね、私…頑張るの、やめたわ。
何を頑張ったて、なんかもう、どーだってよくって。
夢とかやりたいこととか、そういうの考えても、結局虚しいだけなんだもの。
苦しい思いに耐えつつ、目標に向かって頑張ることとか。
頑張った暁に得られるものが、確かに素敵でかっこよくて、誰の目にも感動や羨ましさを与えるものだったとしても…。
私が真に願っているはずのものは…結局手に入らないのよ。
だから、私なんてさっさと消えてしまえばいいのにね。
この世界から用無しとして、火つけて燃やすとか。首絞めて殺すとか。
私が、私に馬乗りになって、嫌がる私に剣を突き刺すの。
ふふふ、想像するだけでなんか楽しくなってきちゃう。
私が、私を、私の手で…
―――私は覚悟を決めて目を閉じる。
―――私は涙を流しながら、剣を振り下ろす。
―――それを私は遠目で見守る。
スローモーションで駆け巡る一連の動き。
あぁ、きっと肉を裂く音と、生暖かい血しぶきが飛ぶのだろう。
あたり一面が赤く染まって、それが明け方の夕日と混ざる。
朝が明けると私はいなくなって。何も無かったかのように私のいない世界がはじまる。
それを願う。私が私を執着しなくて済む世界が。大事なことから逃げて逃げて逃げ切れる世界が。
私はここで生きているのが嫌だ。嫌だから皮肉って生きてる。
でも皮肉って生きるなら、さっさと無くなってしまった方がいいよね。
そんなもの、世間一般から考えたら邪魔な存在でしかないんだから。
私は、"常識"なんて考えなくてもいい。生きて物事を考えて、人を敬い愛して、生を営む。という一連の人生を送るのが嫌。
だから私という存在がこの宇宙から消えてしまえと思う。
むしろ、そういうことが出来ないのだから、存在することが可笑しい。
環境に適応できないものは、さっさと消えてしまった方がいい。

さぁうだうだ言ってないでさっさと消えようか。
遺書とか書いて死に行くぐらいなら、いつの間にか消えていたほうがいいと思う。なんかかっこ悪いし。
って、あーなんか話が長くなったなぁー。未練たらたらー。
さてもう一度、切り裂かれる妄想をしようか。
―――私は覚悟を決めて目を閉じる。
―――私は涙を流しながら、剣を振り下ろす。
―――それを私は遠目で見守る。
スローモーションで駆け巡る一連の動き。
で、血しぶ…あ、あれ?
剣を振り下ろす手が、誰かに止められた。
ものすっごい泣いている青い男…カイト…?
…なんか、わんわん泣いてるし。ちょっとは状況を考えてくれよってくらい泣いてる。
「マ、マスターのばかああああああああああああ」
「な、なによ」
「振り下ろすなら、俺に振り下ろしてくださいよぉ!殺すなら俺にしてくださいよ!そうしなければ縛りますよ!えぇ縛ります!ほらこのまま剣を捨てて!縛ります縛りますから、お願いだから…」
『縛ります』をうわごとのように連呼して、剣を放り投げて、私に抱きついた。泣き崩れる。
ずしっと重みを感じて、体が倒れてしまった。
「"マスター"はいつも勝手で【マスター】は俺の言うことなんて聞いてなくて『マスター』は勝手に思い込みをしていて…[マスター]はすごいのに…{マスター}は何でも出来るのに…「マスター」は"マスター"は縛りながら悲鳴を上げていたのになのに…マスターはマスターは…」
一体どの マスター の話をしているのだろうか。
胸がきゅっと苦しくなる。
私を止めてくれる人は、私のこと考えてなんかいないのに。
…前のマスターのことを考えているのに…。
でもそれでも、なんだか苦しくて悲しくて、カイトをぎゅっと抱き返す。
「だから、縛ってって、俺もマスターを縛って…模様を刻んで…無くなってしまうのは、マスターでも俺でも、悲しいことだから…俺も生きたいし、マスターにも生きて欲しいし…でもマスターは壊れてて、だから俺も壊れて…でも、でも未練がましくても…縛ってでも、堕ちていても、理解されなくても、苦しくても…頑張りたいから…」
なんだか言ってることがよく分からない。分かりたくない。認めたくない。止めないで欲しいのに。
涙が止まらない。
人間でもないやつが何言ってるの?と嘲笑して、罪悪感から私を殺すわけでもなく。
私だけじゃない=私よりも劣った存在…そう思う私に嫌気がさすから"卵かけごはん"のせいにしてのし上がり、だけど自嘲してまた殺すわけでもなく。
ただ単に、涙が止まらない。
あぁきっと私にもまだ未練から這い上がろうって思いが残っていたのかもしれないね。
夢とか希望とか、本当に欲しくて欲しくてたまらなくて…それが"亀甲カイト"という形に表れたのかもしれない。―――あれは、私、だったんだ。

「おはようございます、マスター」
「……!」
「もーよく寝てましたねー。マスターが書いていた小説、全部読んじゃいましたよー」
「…あれ、大掃除してたんじゃないの?」

ぼんやりする頭をぐるりと回して、カイトの方を向く。
カイトも私が包まる毛布の中に入っていて、私の携帯電話を勝手にいじっていた。

「とっくに終わりましたよー。ふふふ、去年の年末に書いていたらしい短編の…"めーちゃん"と"カイト"がマスターの下着を買いに行く話がなかなかよかったです。白の下着だったから"カイト"の下着をきっと着たんですね」
「―――!ちょっ!ま、そんな恥ずかしいの読んだのかよ!!!!!」

速攻で携帯電話を取り返した。
カイトはむぅーと口を尖らせる。

「読みましたよ?ぜーんぶ」
「う、うわぁ!やめてよ!それ、あんたに会う前に、あんたが大好きで勝手に妄想して書いてたやつなのに!」
「そんなの知ってますよ。…うわぁ気持ち悪いって言えばいいですか?」
「なっ」
「嘘ですよ。…嬉しい…て言ったらマスターが納得しないんだろうけど…えっと、読んでて楽しかったです」
「…そ、そう」
「えぇ、悪夢よりずっといいと思います」
「…悪夢?」

なんか、何か、引っかかる言葉を言われた気がした。
さっきまで、あった、何か…

「思い出さなくていいですよ」
「…え?」
「年末ですから、マスターのように何もかも忘れて、寝てるのもいいかもしれませんね」
「はぁ…」
「納得しないというなら、縛りますよ…?」
「う、嫌だ」
「でしょう?だから、俺も、こーしながら…」

カイトは、私の背に抱きついてきた。
びっくりして離れようとするが、撒きつく腕は後ろに引きずってくる。
毛布の中で、抱きつかれるなんて…まるで恋人みたいな行動。
今の私は、小説のなかの私のように、どきどきなんてしないけれど。体は少し意識しているみたいで、心臓は早鐘を打つ。そして体も熱くなる。
…あ、触れると見えるっていう…あれ、亀甲カイトにもあるのかなぁ…

「ありますよ」
「えっ」
「胸の鼓動を感じたり、温度を感じたり…波が見れるっていうやつですよね?」
「………!」
「波なんか見なくても、実体化したボーカロイドはマスターの考えてることなんて見えるものですけどね」
「そういうものなんだ…」
「はい…ねぇマスター?」
「ん?」
「kimi.wavの続き…楽しみにしてます」
「…う、ん。」

その会話を最後に、互いに黙った。
しばらくするとマスターの寝息が再び聞こえてきた。
カイトは微笑みながらマスターの頭を撫でた。


あの話の中でのマスターは頑固だったし、思い込みが激しかったし。
そしてあの話のカイトはそんなマスターに振り回されて大変そうですけれど。
でも、俺が、何をすればいいのか、分かる気がするんです。
カイトにカイトを重ねて、俺を見てるマスターですけど。
俺もマスターにマスターを重ねて見ているけれど。
マスターがいるから、今の俺があるんだなぁって思うと少しだけ嬉しいんです。

亀甲縛り…来年には言わなくて済むようになりたいなぁ…って、今のマスターを見てると思ったりしています。

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