ケーキをください

10月16日。

「鋭児郎くんが20歳になるなんて…時間が経つのは残酷ねぇ。この間事務所に来たかと思えば…」

「シオンさんもまだ25でしょうが」

「もう、25なのよ……クリスマスケーキだわ…」

「どういう意味っすか?」

「25日過ぎたクリスマスケーキは廃棄よ。誰も振り向いてくれないのよ…そんな残酷な意味よ……」


事務所のメンバーによって開かれた俺の誕生日パーティ。目の前で悲観しているのは先輩ヒーローのシオンさん。パワー増強系の個性だから恐れられて彼氏ができないらしい。

ちなみに硬化した俺でもぶっ飛ばされる。最初手合わせしたとき壁にメリこんでビビった。

見た目はすごく華奢でキレイで大人な感じなんだけど…ギャップにビックリしちゃうからな。でもフォロワーは俺よりもいるんだから自信持てば良いのに。


「シオンさんならすぐ彼氏できますって」

「そう言われ続けて5年…ヒーローになって7年…この事務所男ばっかりなのに…だーれも口説いてくれない…私ってそんなに魅力ないのかなぁ」


たぶん彼女が思っていることとは逆の現象が起きている。口説かないんじゃなくて口説けない。高嶺の華すぎんだ。

それこそ彼女がこの事務所の中の誰かのものになってしまったら…そいつボコボコに殴られるだろうなぁ。

誰かのものっていうよりは皆のものだから…独占しちゃいけない…、てのが暗黙の了解である。


「ドキドキがほしい。敵と遭遇して驚いたときのドキドキじゃなくて…ときめきの方」

「そ、そんなに焦らなくても」


シオンさんって泣き上戸だったのか。酒のある席で彼女と一緒になるのは初めてだから知らなかった。それを知っていた他の先輩たちは遠くで薄い微笑みをしながら見守っている。

というよりは傍観している。助けてくださいよ!

泣き上戸からくっつき虫。酒って怖ぇ…つーかまだ1杯目でしょう。初めて飲むビールが最初の一口目より苦く感じる。


「私はクリスマスケーキ……クリスマスケーキ、」


クリスマスケーキと連呼し始めた。隣で項垂れるけどどうやって介抱したら良いのかわからねぇ。シオンさんのグラスに入っていた紫色の液体はほぼ無くなった。


「ジンジャーハイください!」

「おいおいもうやめとけって、な?」

「そうそう、二日酔いに苦しむのはお前だぞ?」

「私は明日非番だから良いんです〜家すぐそこだしぃ」


やけ酒をしようとするのを先輩たちが止めようとするけど彼女は明日が休みだからと強行突破。たぶん彼女は千鳥足状態で明日は二日酔いだろう。

結局俺の誕生日パーティという名目で開かれた飲み会は、終始シオンさんに振り回されて幕を閉じる。


「プレゼントありがとうございました!」

「大事に使えよー」

「重いけど持って帰れる?」

「これくらい軽いっすよ。それに家近くなんで!」


先輩たちに貰ったプレゼントを大きな紙袋にまとめて店を出る。初めての酒だからと配慮され俺の家の近くで行われたけど…酔わなかったな。

普通に歩けるし頭がボーッとした感じもない。顔がちょっと熱ぃけど平気だ。

それは単純に俺が酒に強いのか、自分よりも酔った人を見て正気を保てていたのか正確な理由はわからない。

しっかりとした足取りで帰路につき空を見上げると、冷えた空気のおかげか星が澄んで見える。


「えーーじろーーくん!っだ!!」

「えっ、シオンさん!?」

「一緒にかーえろー」


これぞギャップだ。大人な先輩の無邪気な姿。事務所の連中しか知り得ない無防備な姿は、フォロワーに知られてしまったら大変だ。


「家どこっすか?送りますよ」

「ふふ、さすが漢気ツンツン頭ヒーローですねぇ。えーっと…家………あれ?どっちだっけ。7丁目○××○マンションの512号室です!」

「まさかの俺の向かいのマンションっすか」


家が近くだというのは知っていたけど、事務所に入ってからの2年間で一度も遭遇したことはなかった。最寄り駅も同じだというのに。

予想通りというか何というか、真っ直ぐに歩けていない。この状況で送らないというのも男としてはあり得ないだろ。というか先輩たちも送れって言ってくれれば良かったのに。


「えーじろーくん、お誕生日おめでとー」

「へ?あ、ありがとうございます」

「私は君が生きて20歳を迎えられてことをとても嬉しく思います。これからも一緒に平和のために頑張りましょーねー」


生きて20歳。それは確かに素晴らしいことだと思う。

泣き上戸が嘘のように、ケラケラと笑っている。トータルで4杯くらい飲んでいたけれど…男の前で酒を飲んじゃダメな部類の人だ。

寄りかかって歩く先輩を支えながらゆっくりと歩く。彼氏がいれば迎えに来てくれそうだけど…本当にいないんだろうか。

普段は強くて、そんでもってキレイで頼れる美人さん。いや、マジで…


「…彼氏いると思ってた、」

「ん?私?」

「あっ!違っ……違わないっす。だから5年?いないのも不思議で」

「私がヒーローを優先しちゃうからかなぁ。良い感じになったと思ったらさ、バカ力とか緊急出動とか、怪我だらけとか……デートの約束もいっぱいすっぽかしたもん」


それはヒーローとしては当たり前のことだ。一般人には理解し難い事柄なのかもしれない。


「きっとできますって!」

「それさっきも聞いたー。正直できなくてもいいかなとは思ってる。一生独身」

「えっ、さっきまで『何でできないんだー』って泣いてたのに」

「うるさいッ……友だちが次々結婚する中で焦りはあったけど…救けられる個性を持ってるってわかっちゃったからねぇ…私生活は二の次だよ」


シオンさんの個性は様々な場面で役に立つ。緑谷の下位互換だと卑下していたがそんなこともないと思うんだけどなぁ。


「バカ力とかゴリラとか言われてこの個性が大嫌いだったけど…道路に飛び出した子供たちを救けて…人のために使う個性なんだって気づいた」


この話は知っている。彼女が雑誌のインタビューで話していたことだ。中学生の頃、道路に飛び出した兄弟を助けた話。

無意識に脚を強化して道路に飛び込んで二人を抱えて歩道に転がり込んだらしい。公の場での個性使用は禁止されているが、警察もこれについては目を瞑ってくれたんだとか。

泣いていた兄弟はシオンさんに泣きながらありがとうと言った。その時に個性が好きになった、と記事にはあったな。

自分の個性を客観的に見ることはとても大事だと思う。爆豪や鉄哲が教えてくれた俺の個性の強さ。


「鋭児郎くんの20歳の目標は?」

「……シオンさんみたいになることっす!」

「何それ嫌味?仕事に生きるみたいな?」

「シオンさんみたいな格好いいヒーローになるってことです!!」


女らしくも、勇ましい彼女みたいに強い心を持ってヒーローになりたい。

酒はまだ抜けてないけど、しっかり喋っていたシオンさんが無言になった。


「そっかぁ…格好いいかぁ……ふふ、ありがとー」


格好いいと言われたことがとても嬉しそう。肩に寄りかかっていた顔がこっちを向いて、はにかみながら間延びしたお礼を告げる。

まるで聖母のように柔らかく慈愛に満ちた微笑み。強くて格好良くて、キレイで大人で無邪気な…女神か?


「良い子過ぎる。よし、誉めてくれたご褒美に今度お姉さんが何かあげる!何が良い?」

「じゃあ、俺に誕生日プレゼントください!」

「??高性能タオル気に入らなかった?」

「気に入りましたよ!えーっと……ケーキ!ケーキがいいです!」

「誕生日もう終わっちゃうよ?それでもいいなら…、何ケーキがいいの?」

「25日を過ぎたクリスマスケーキ!」

「は?」

「あと、さっきの訂正させてください……格好いいし……、シオンさん無茶苦茶かわいい……です」

「鋭二郎くん…酔ってる?」


シオンさんには酔ってないって言ったけど、たぶん初めての酒で酔ってたと思う。じゃなきゃこんなこと言えなかったはずだ。


次の日シオンさんは二日酔いで頭を押さえて水をがぶ飲みしていた。なぜ俺がそれを知っていたのかというと…

つまりは、そういうことだ。


ちなみに、先輩たちにボコボコにされそうになったけど返り討ちにしてやったぜ!!


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ちま!お誕生日おめでとおおおお!!!
4期の活躍期待してるぅうううう!

※誕生日忘れてれ当日に慌てて書きました。
鉄哲くんもおめでとう!
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