某日、ヒーロー基礎学。
ケホケホ…
空咳が出る。
風邪をひいたわけではないし、昨日もしっかり寝たから体力的にも問題ない。唯一危惧することがあるとすれば、雨。
雨の日の演習は戦闘スタイルを変えてからまだ慣れておらず、負担が大きいからなぁ。
個性を使って、自分の体調を視る。熱は……36.7度か、平熱と比べたら高いけどまだ大丈夫そう。白血球も…、まだ正常値だ。
「ふぅ…」
小さく息を吐き気合を入れる。今日のヒーロー基礎学は二人ペアになって、ヒーローと救助者を交代で行うもの。私のペアは、
「お前とか、よろしく頼む。#環心#」
「こちらこそよろしくね、轟くん」
轟くんかぁ。救護者を運ぶ前提として、今回は”背負う”ことが必須なんだけど。まだ彼でよかった。これが砂糖くんとか口田くんだったら詰んでた。彼らは麗日さんがまとめて運ぶみたい。うん、適材適所。
とは言え、彼は身長も高く体格も見かけによらずガッチリしてるからなぁ。
「お前運べるか?俺重いぞ?」
「一通りは習ってるから、多分大丈夫」
母直伝の軍事格闘…じゃなくて、軍でしている怪我人の運び方なんかも教えてもらったことがあるから大丈夫でしょう。
まずは私がヒーローサイド。
意識がある場合とない場合の2パターンを行う。意識がある場合は普通におんぶの要領。意識がなく倒れている場合は、いわゆる消防士搬送。肩に乗せるようにして搬送する。
「…慣れてるもんだな」
「私みたいに力がない場合は、効率よくしないとだから…ふぅ、」
「そうだよな、俺もオールマイト運べって言われたらこうしないとムリだ」
2つ目の消防士搬送した頃には息が上がってしまっていた。担いだ状態で100メートル歩くのなんてしんどすぎ。
「…本当に大丈夫か?さっきより体温上がってるぞ」
「そりゃ成人男性と遜色ない轟くんを担いで運んでるんだから体温くらい上がるわよ。それに雨で蒸し暑いから熱も逃げにくい」
体重は間違いなく67kgくらいはあるだろう。今日は視る余裕がないけど、たぶんそう。
雨の音が集中力を削ぐ。地面に落ちる雨粒一つ一つをカウントして気が遠くなる。やっぱ調子でない。コスチュームも暑い。
「はぁ、あっつ…女子にはキツいけど弱音言ってられないよねぇ……」
「おう。次俺の番か」
無事にヒーローサイドを終え後は担がれるだけ。男女ペアで、男子が女子を担ぐ場合は40キロほどのおもりがプラスされるハンデがあるみたいで…両手足首に圧縮バンドを装着。おっも。
轟くんは普通におんぶしてるけど…おんぶされてるだけの私の方が負担多いってどういうことですか。
続いて消防士搬送……ぐっ、お腹圧迫される、おもりでさらに食い込んで気持ち悪い。
「なぁ、お前やっぱ熱あんじゃねぇのか?」
「いや、その前に……この担ぎ方吐きそう、」
「お、悪ィ」
背中から降ろされて腹部の圧迫は緩和された。だが頭に上っていた血も通常の流れを取り戻して…ッヤバ。
「や”」
「おっ…と、やっぱそれ熱だろ。保健室運ぶぞ」
「……お手数おかけします」
地面に下された瞬間に平衡感覚を失う。倒れる寸前に轟くんが腕を引っ張ってくれたからよかったけど、危うく地面とキスするところだった。このまま授業は続行できそうにない。
彼の言う通り体温上がってるなぁ、完全に風邪。夏風邪ってバカがひくっていうじゃん?…まぁ、体調を過信して授業に参加してる私は馬鹿か。
「ん、きもち」
「保健室行くまで冷やしとくから寝とけ」
彼の右側から放たれる冷気がとても心地いい。いつもはこんなになるまで無理はしないんだけど。
歩幅の大きい轟くんのおかげですぐに保健室についた。私を包み込むベッドが休息を与える。
「リカバリーガールいねぇのか…着替えや荷物は女子が手伝ってくれると思うから、今は寝とけ」
「ん”−、あ”りがと」
「じゃ、ちゃんと休めよ」
「ぁ、待って……手冷たいから、もうちょっと」
汗をかいているのが自分でわかる。普段だったら「汗かいてるから触っちゃダメ!」って言うんだろうけど、今は冷たさが欲しい。
轟くんの手を引き寄せ首に当てる。こりゃたまらない。冷たくて気持ち良い。
「……氷嚢作るから、それで勘弁してくれ、っ」
「ん、あり、がと」
*
「轟くん、シオンちゃん大丈夫そうだった?」
「熱があった。背負ったときとか熱いなって思ったけど、だいぶ無理してたみてェだな」
「そっか…」
「で、轟?遅かったけどナニしてたんだよ?」
ぐったりしたシオンちゃんを轟くんが運んでから20分は経っていた。そして戻ってきたのは授業終わり数分前。単純に往復するだけだったら10分もかからないはずだけど。
「……」
「え?マジ?ナニしちゃった系???」
「これだからイケメンはよぉ!!!!」
押し黙った轟くんに下種な笑いをする上鳴くん、血涙再び峰田くん。
え?ちょっと、心なしか顔赤くない?眉も少し潜めて……嘘、シオンちゃんと何かあったの?それ僕がものすごく気まずくなるやつじゃん。え、本当に?
「何もねぇよ、冷やしてただけだ……ただ、」
「「「ただ?」」」
言い辛そうにしているが、これは聞かなければいけない案件だよ。更衣室の男子全員が固唾を飲んで次の発言を待つ。
「ただ、……熱出たら色っぽいなって思った」
「「「「!!!?!?!」」」」
Booooooom!!
「その発言がキメェんだよ!変態かよクソ舐めプがっ!!」
盛大に爆発させて暴言を浴びせるかっちゃんは、授業中から機嫌悪かった。あれ、いつもは着替える時間あと1分45秒はかかるはずなのに今日は早いぞ?
大きな音を立ててドアを開け、これまた大きな音で隣の女子更衣室を叩く音がする。
『おいコラモブ共!スクエアの服寄越しやがれ!!』
『ちょっと!!女子着替え中なんですけどぉ!』
『着替え終わったらウチらが持っていくから〜』
『ンなん待っとったら陽が暮れるわ!!あくしろや!!』
『あーもーわかったから!!#環心#の前でキレるんじゃないよ!!』
『誰がキレるかァ!!!』
あ、察し。
仲直りしてから、かっちゃんはシオンちゃんをかなり気にかけている。これはもしかしなくとも……
「爆豪って#環心#のことになるとかなり強引だよな」
「へ!??へゃ、そ、そそそそうかな??」
「そうだろ。俺が運んだ時も睨んできてたし」
天然を具現化した轟くんにさえ気づかれる過保護っぷりは誤魔化しきれないぞ、かっちゃん。
本当に小さいとき……彼らが仲良く手を繋いで遊んでいたときも、こんな感じだったなぁ。彼女はいじめられるタイプではないけど、何かと気にかけていたし。
「幼馴染って……いいよな」
うん、ちょっと違うけどそれでいいや、轟くん。
*
「おい、シオン起きろ」
「ん…………轟くん?でも冷たくない」
「誰が舐めプだフザケんな」
「……甘ぃ…?ん"ー……勝くん?」
「ん」
熱で腫れぼったくなっている目元は涙の膜が張っている。シオンの枕元には舐めプ野郎が作ったであろう氷嚢が半溶けで転がっていた。
素手で額に触れると、俺が知っている体温より遥かに高い。かなり無理してたろ。
「俺を頼れっつたろーが」
「ん、いや。こういうので頼るんじゃ、ケホ」
「弱ってるくせに強がんなや、ンで舐めプなんだよ」
「?、演習でペア、だった…から?」
「そーいうことじゃねェ!!!!」
「〜〜ッ、るさぃ」
キレるなとモブ女共に言われていたが、つい怒鳴ってしまった。
そんなことはわかってんだよ。演習で近くにいた舐めプがコイツの異常に気付いた。近くにいたんだから気づくのは当たり前なんだが、それが気に食わない。
結局まだ俺に頼ることはしない。それは一概に俺とシオンの”頼る”ということの違いがあるからだろう。
精神的支柱として存在したいのか…はたまた、物理的にでも支えてやるというのか。
「怒って…る……?」
「…………違ェ」
俺が怒る義理なんてどこにもねェ。そんなことは解ってる。無理していたのは叱るべきことだろうが、ヒーローを目指すのなら多少の無理は目を瞑る。
ただ、舐めプが腕に抱え運んでいる時に、俺の前だけその姿を晒せば良いのにと思った。
一種の独占欲。
束縛厨かよ…いや、別に恋人じゃねェけど。
「怒ってないならさ、勝くんの手…かして」
「あ"?」
夏でもひんやりしている手も、今は熱い。頬へと誘導されて……すり寄ってくる。何だ、この生き物は。
「勝くんの甘いの、安心するの」
…………クソ舐めプがッ。色っぽいどころのレベルじゃねーだろ!これをアイツにもしたってのか!!?
色々危険すぎンだろッ。
「そういう……。お前……熱で人肌恋しくなるからって…、ハァ…………他にすんなや」
「っ、勝くんの手…甘い、から……するの」
ホントそういうところ。
潤んだ瞳と火照る顔。
マジで、他にすんなよ。
手汗がやばくていつもより甘い香りが広がった。
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緋薙様リクエスト
ヒロインが体調不良になったところを、轟くんに運ばれて爆豪くんが嫉妬するお話。轟くんがお熱を冷やす感じになりましたね。
最後はモヤモヤというより悶々としましたわ。着地点がわからないんです…
リクエスト&応援ありがとうございます!!
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