USJ事件後、夕方の帰り道。
「勝己くん?」
「…ちわっす」
事情聴取を終えて帰路についたところ、何度か見たことのある男が立っていた。ああ、この白い瞳は見たことがあると思ったらアイツと一緒だ。
「今日は大変だったね」
大変だったといえばそうだが、アンタの方が…アンタの娘のシオンの方が大変だろう。あの傷は恐らく1回の治癒じゃ治らない。意識不明の重体じゃないのか?自分の娘がヤバイってのに何で家付近にいるんだ。
「シオンは容態は落ち着いたから死の危険はないよ。会いに来ない?」
「いや、いいっす」
「そんな顔で言われてもねぇ…シオンの着替えを準備したらすぐに行くんだけど…本当にいいのかい?」
父親の個性は"心理"で人の心が読めるというのを聞いたことがある。アイツは表情はあまり見えないがこの男は柔く諭してくる。
「行く」
どうせ行かないと言っても俺のモヤモヤした心情をいつまでも気にしているんだろう。そう思ったら自然と行くと返事をしてしまっていた。
*
「勝己くんがいなかったらシオンは死んでたよ」
「は、」
本来親族しか入ることの許されていないICUで告げられたのはシオンの容態。たくさんの管に繋がれた姿は酷く痛々しい。
俺がした蘇生はだいたい合っていたと聞いた。ただ力が強すぎて助骨が折れていたとか。元々脳無にやられたのもあったが、胸部圧迫では珍しくない結果だ。
「シオンは強ぇンだろ……何で、」
「弛緩剤を過剰に打たれていたんだ。安楽死や尊厳死で使うものだったよ。不幸中の幸いだったのは、二十数秒で死に至る薬じゃなかったこと。それを使われてたら、とっくに死んでいる」
「……」
「僕が言うのもなんだけど強いよ、シオンは…勝己くんはあの子の怪我どう思った?」
怪我と言われて思い出すのは崩れた瞳だ。想像するだけで眉間にシワが寄る。あのショッキングな怪我は決して軽いものではない。その証拠に目元に巻かれた包帯には血が滲んでいる。
「失明しているかもしれない。意識が戻らないと判断はできない……戻れば、ね」
包帯と同じくらい白い肌。冷たかった唇は今は薄い桜色で血色は事件直後よりもいい。そこに触れれば今度は温もりがきっとあるだろう。
失明…そうしたらこいつはもうヒーローに成れないんだろうか。それに意識が戻らない可能性もあると言うのか。
勝ち逃げってか?ふざけるな。
「…シオンはきっと目が見えないのを隠してでもヒーローをするよ。多くを知ってしまう子だから使命感故に逃げることを除外しているんだ。きっと勝己くんの前に図々しく立つはずだ」
「親父さん、何でもわかるんすね」
「まぁね…中学の頃からだけど。勝己くんがシオンを敵対視してるのも、互いに嫌い合っているのも…だからこそ互いが目に入ってしまうことも知っているよ」
シオンの父親の言うことは、さすが人間観察が本職なだけあると思わせる。
気がついたらデクの近くにいやがった。
気がついたら俺の前にいやがった。
手は届くのにすり抜けていきやがる。
目障りで目障りで仕方がない。
「俺は…クソスクエアが嫌いだ。いけ好かねぇんだよ。何でも見透かしやがって…俺は、一番になンだよ。そのためにはコイツに勝たなきゃなんねぇンだッ」
俺はオールマイトをも越えるヒーローになるんだ。シオンなんかすぐに越えてやる。
「何で、ッこんな所でくたばっとンんだ」
病室に静かに響く俺の声は、いつものスカしたコイツと苛立つ俺たちのやり取りのようだ。
病棟に居られる時間はとうに過ぎている。
「家まで送るよ」
「いや、いいっすよ……シオンが心配で心配で仕方ねぇって顔してんだから」
少し表情を歪めた彼は緩く微笑むが心痛が隠しきれていない。特別に入れてもらったICUをひとり出ていく。
入るときに渡されたマスクの下で彼は唇を噛み締める。
*
「早く起きろ、シオン」
【白皙】
皮膚の色が白いこと。
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