炯眼というもの

大晦日、爆豪家。


「帰った」

「やーっと帰ってきた!勝己おかえり!」

「勝己くん随分久しぶりねぇ〜お邪魔してるわ〜」

「は?」


家に帰ればババアの声ともう一人女の声がした。キッチンに並ぶ二人は対照的な色をしていたが…パワフルさというか勝ち気な感じが似ている。

誰だと一瞬思ったが顔立ちがシオンに似ていたからすぐに母親だと認識する。最後に見たのは中学の始めくらいだったから顔忘れとった。


「知衛ちゃん、そっちは微塵切りで……あっ!危ない」

「あちゃー…切っちゃった。サバイバルナイフは使い慣れてるのに包丁は本当に苦手だわ」

「ほら、傷口洗って。あ、勝己。今日は知衛ちゃん家とご飯だからイス部屋から持ってきて」

「は?」


ピンポーン


「たぶんシオンが来たんじゃないかしらー」

「こんにちは、お邪魔します光己さん。あ〜もうッ、お母さんが料理なんて怖いから止めて!」

「ちょっと、久しぶりに会った母親にかける言葉がそれ?」

「そう言うんだったら心配することしないでよ」


まだ自室に自分の荷物も置いていない状況なのに、話には置いていかれている。"知衛ちゃん家とご飯"…ということはシオンもか?いや、家族水入らずの帰省という枠組みはどこいった。

部屋に戻りとりあえず荷物を置いたり部屋着に着替えたりして頭の中を整理した。別に何も悪いことは何もしていないが、シオンの親父さん…奏雅さんは見透かしてくるから苦手だ。

彼も後でこっちに来るんだろうが…別に俺の部屋からイス持っていかんでもソファーがあるから要らねぇか。手ぶらでリビング戻れば左手に数枚絆創膏を貼ったシオンの母親がキッチンから追い出されていた。

入れ代わるようにシオンが包丁を握り何か切っている。そういえばこの人からチリパウダー貰っとったな。


「あの…」

「あーあ、私も料理したかったなぁ……勝己くん格好良くなったねぇ。身長何センチ?」

「172…っす。チリパウダー、あざっした」

「この調子なら187までは伸びそうね。どういたしまして…とは言ってもあの激辛パウダーは現地の人からの貰い物なのよね。気に入ったみたいで良かったわ」


かなりマイペースで話をする彼女は、シオンとは顔は似ていても性格は違った。間違いなく奏雅さん似の性格を引き継いでくれていて内心ホッする。

会話は長くは続かないと思ったが、彼女は博識な学者だから興味深い話が多く飽きることはなかった。台所から出汁の香りがしてきたころ、彼女が口にしたのはそんな雑学のような面白いことではなかった。


「でさ、勝己くんはシオンのどこが好きなの?」

「ン"!はぁ!?」

「ちょっと勝己!!知衛ちゃん何怒鳴ってるのよ!」

「うっせバッバア!!誰も怒鳴っとらんわ!!!」


キッチンから口出ししてきたババアに聞こえないよう声を潜めなければならねぇ。どこか確信しているように聞こえる口調は余程自信があるのか。

シオンの母親の視線は口調と同じように鋭くて、見透かしてくるのは奏雅さんだけではなかったか…と後悔する。それも後の祭りだ。


「別に」

「えー、うちの可愛い可愛いシオンの好きな所1つも無いだなんて…そんな彼氏じゃあ任せられないなぁ」

「……」

「なんとなくで付き合った?」

「違ぇ…アイツは俺に勝てるからだ」

「ほほう」


彼女の母親にこういうことを話す機会は普通はない。まぁ普通じゃない彼女の母親だから話しているんだろうけど。

俺の話をニヤニヤと相づちを打ちながら聞いている様は嬉しそうだった。性格悪ィな。


「でもシオンが強いだけじゃないって知ってるでしょ?」

「…しょっちゅうヘバっとるし…クソ脆弱メンタル」

「そうそう。無理しちゃうけどそれを周りに悟られないから余計に強く見えがちよねぇ」

「……」

「彼氏なんだからわかって当たり前か〜、それに勝己くんは昔からシオンのこと見てたからね」

「見てねぇ!!」

「あれー?嫌いな相手こそよく見てるって話だけど?好きだったらもーっと見えてると思ったのに」


USJの時に彼女の父親に言われたことと同じことを言いやがって。性格は違うと思ったが、やっぱり夫婦だわ…周りをよく見ているところは似ている。

逆に俺は周りからどういう風に見られていたかなんて気付いていなかった。わかっていたのはモブたちの俺へ羨望の眼差しくらいだろうか。

舌打ちをして最早否定してもムダな事実を飲み込む。キッチンでババアと話しているシオンに目を向ければ、中学時代の嫉妬や苛立ちにまみれた感情に飲まれることなく見ることができる。

あー、腹が立つがやっぱ正解だ。


「あっはっは。そんなに嫌な顔しないでよ。私はただ、よく見てくれる君だから安心だなーって」

「何が、」

「ダメになりそうだったら、あの子をよろしくね」


茶化すような口調だったのが水を打ったように、静かに、凛として、憂いを含んでいるものに変わった。


「言われんでも」

「んふふ〜、よろしく〜。光己ちゃーん、辛い匂いがするんだけどこれは!」

「知衛ちゃんに貰った辛〜いの使ってるわよ。和食は別にあるから安心して〜」

「はーい。あ、奏雅さんがお酒持ってきてくれるって」


さっきの空気が嘘みたいにまたふざけたような軽い口調。オンオフの切り替えが速いのか、食事のことに集中してしまっている。

夕飯が騒がしくなりそうで嫌な予感がする。



 *



 *



お母さんが不味い料理を生成しないように交代して光己さんの隣でニンニクを微塵切りにする。

その次にネギを小気味良く切っていけばニンニクの焦げる香りが鼻腔をくすぐった。和食ばかりを作っているのかと思っていたらこれは勝くん用の激辛料理みたいだ。

そうだよね、久々に帰ってきた息子に好きな料理を振る舞いたいって心理はあって当然だ。ほんと…そんなところに私たちがお邪魔してよかったのかしら。

勝くんはソファーでお母さんと話している。勝くんが大きい声を出したけど、お母さんが何か挑発的なことを言ったんだと思う。


「光己さん、本当に私たちお邪魔してよかったんですか?お母さんが無茶言ったんじゃ…」

「いいのいいの。料理するのは楽しいし、人数多い方が美味しいじゃない?出久くんところも誘ったんだけど、親子二人でゆっくりしたいみたいでね」


ああ、ここにいず達がいなくて正解だった。勝くんが怒鳴ってるの聞いたら引子さん萎縮していずと一緒にゆっくり話ができなかっただろうな。


「勝くんとも話したかったんじゃないんですか?」

「私と勝己が膝突き合わせて話すと思う?」

「…大人しく会話はできないと、思う」

「でしょ?それに私はシオンちゃんとお話したかったから」


可愛らしくウインクしてみせるところはお茶目だなぁ。私も光己さんと話したかったことがあるからちょうど良かったんだけど。


「あの、光己さん…神野のとき……生意気言ってすみませんでした」

「いいのいいの。シオンちゃんが私の代わりに信じて神野に行ってくれたんだってね」

「勝くんが敵に落ちるなんて微塵も思ってなかったし……ジッとしてられなくて」


神野を思い出すと辛くて苦い感情が沸き上がって、これからの事を考えると重くて苦しい不安に襲われる。


「行動派よねぇ。でもさ、アイツ無鉄砲なところがあるからついてくの大変じゃない?」

「まぁ…でもそれが私のやるべきこと、だから」

「迷惑かけてごめんねー。だけどよろしく…そんで」


負の感情がゼロになるだなんて”しんり”の個性があるから思ってない。だけどそれを和らげてくれるのは私のヒーロー達。

彼らといると不安よりも別の…高揚感に似た心地良い責任感が生まれる。存在だけで払拭してくれるから…


「そんで、迷惑かけられて分勝己にも迷惑かけてちょうだいね。あの子、好きな子には頼ってもらいたいみたいだから」

「今でも十分頼ってま……す…え、」

「ん?」

「頼ってもらい、た…え?」


キョトンとしながら何か間違ってる?とでも言っているようだ。その後ニコニコしながら挽き肉を投入している。

気まずい…執拗なイビりはないけれど視線で探られている感じがする。ただその視線は嫌な感じはしなくて、温かさを含んでいた。


「”人は守るものがあると強くなる”って言葉があるじゃない?勝己は今までそんなの知るかー!って感じだったけどね。話さなくても空気でわかったよ」

「……ん、母親って怖い…」


寮生活になって会う機会も話す機会もそんなに無いのに我が子の僅かな変化だって、母親達にとっては掌の上なんだろう。

人は守るものがあると強くなる。

守るのものがあると弱くなる。

相対する2つの言葉。結局は気持ちの持ち方次第で、豪胆になるか臆病になるかで私たちは前者を選択しているだけのこと。

あ…爆”豪”の豪って、”豪”胆の豪だ。


「あの子が役に立ってるかわかんないけどねー」

「…勝くんに何回も守られるというか、救けられてて……たぶん光己さんの予想以上に」

「ならいいわ!!」

「光己ちゃーん、辛い匂いがするんだけどこれは!」

「知衛ちゃんに貰った辛〜いの使ってるわよ。和食は別にあるから安心して〜」

「はーい。あ、奏雅さんがお酒持ってきてくれるって」


あっという間に注目はお酒や美味しいご飯になっている。お父さんたちも来て始まった年末の酒盛り。子供達はほったらかしで騒ぐのはあと15分後のことだ。

あーあ、お酒強くないのにあんなに飲んじゃって。

チリパウダーが目にしみて痛い…けど美味しいな。




【炯眼】
ギラギラ光る目、強い眼力。物事をはっきりと見抜く力
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