目鼻というもの

11月16日、早朝。

「2.5走ンぞ」

「短いね」

「昨日どっかの誰かさんが疲労でぶっ倒れなきゃもっと走っとるわ」

「すみませんね…」


昨晩の出来事が嘘みたいに、目の前を走っている彼はいつも通り。緊張も気まずさも無いし、むしろ走っている間の心拍数はいつもより抑えられていて…リフレッシュしているように視えた。

手首のラップタイムを記録する時計が、1キロ5分のペースを映し出す。私たちにとってはランニングよりジョギングのようなペースで、かなり余裕がある。それが私には合わない。考え事ができないくらい速ければ……、二人の弾んだ息と衣擦れ、足音ばかりが耳の届く。


「ねぇ、勝くん」

「あ?」

「勝くんって、私のこと好きなの?」

「あ"?!!」


我ながら野暮なことを聞いていると思う。残念なことに、少女漫画のヒロインじゃない。そんなに鈍くもないし、勘違いで生きていきたくない。


「付き合ってる…でいいの?」

「ンでそーなんだ?!!普通察するだろーが!?しかもお前視えとンだろ!!?解っとってあの反応だったんじゃねェのかよ!!」

「いや…まぁ、うん。そうなんんだけど」


乱れた呼吸と歩調が昨日の出来事は幻でなかったのだと教えてくれる。しかし、彼は漫画やドラマの見すぎなのではないだろうか。キスしたら好きって?それで拗らせちゃう人たちもいて、世の中には愛情がなくてもできる人たちもいるんだから。

いつの間にかランニングの足は止まりガンつけ合ってる。目元を赤らめている彼は、端から見たら怒っているように見えなくもない。まぁ話の流れから、ただ恥ずかしくって”好き”を言うのを躊躇ってるって解るんだけど…?


「で、どうなんですか?」

「………」

「……」

「……ぅ、ぐぬぬ」

「…………根性なし…」

「…ッ、お前の察しとるように好きだわクソがッ!」


彼をからかうのは面白いけどこれ以上は火山が噴火、じゃなくて手から花火が打ち上がっちゃうから止めておこう。

素直じゃないなぁ。


「ふふ、私も好き」

「知っとるわ」

「あ〜、知られてたかー…ふふ」


私たちの関係にやっと名前がついた。心が軽くなって、身体までもが軽い。疲労がどこかに飛んでいったみたい。ただアドレナリンがたーっくさん出ているだけなんだろうけどね。


「あと1.4キロ〜、よーい…ドンッ!!」

「おいッ!!…あ”ぁ"何一つ思い通りにいかねぇ!」


ラブラブな恋人同士のキャッキャウフフのような追いかけっこじゃないのが私たちらしい。その証拠に、3分と少しでノルマを走りきってしまった。


 *


 *


数日後、11月下旬。


「すぐに会えるどころかー!!?」

「エリちゃんだ。文化祭ぶりねぇ。こんにちわ」

「こんにちわぁ」


通常授業を終えて寮へと戻ろうとすれば相澤先生に手招きされて、教員寮へと案内された。そのメンバーは死穢八斎會の作戦に入ったメンバーだ。

そして、そこにいたのは渦中にいたエリちゃん。と同じく作戦に参加してた3年生の先輩たち。


「雄英で預かることになった」

「よろしくおねがいします」


端的に告げられたエリちゃんの生い立ちと今後の処遇。親に捨てられ、治崎によって酷い扱いを受けていたこと。

個性のコントロールができるようにここで過ごして、有事の際は相澤先生の個性で止める。

通形先輩は個性を消失したため現在休学中だ。エリちゃんが個性のコントロールが可能になったら、先輩の完全復活も現実になる。

先輩や相澤先生が一緒にいてくれるなら、もうあんな悲しい顔はしなくてすむのかな。いや、相澤先生の怖い顔で泣いちゃわないだろうか…?

エリちゃんはソファーにちょこんと座り波動先輩に髪を結われて物珍しそうにしながらも萎縮はしていない。むしろ環境の変化には楽しみが視える。


「早速で悪いが3年、しばらく頼めるか?」

「ラジャっす。オセロやろっと!」

「僕らもいいですか!」

「いや、A組は寮に戻ってろ。このあと来賓がある」

「残念ね、もっと一緒にいたかったわ」


帰りのHRでも来賓があると言ってた。生徒みんなに待機しとけって言ってたから、保護者…?、ではないんだろうけど。

エリちゃんと再会して私ももう少し一緒にいたい気持ちもある。だってツインテールになったエリちゃんむちゃくちゃかわいいんだもん。


「雄英にいるっつーことはいつでも会えるんだ。また遊びに来るからな!!」

「そうだね。またねエリちゃん」

「はいっ」


弾んだ声で返事をする彼女の姿をしっかりと目に焼き付けて、寮へと戻る。


 *


「ただいまー、まだ来賓の人は来とらんの?」

「おかえりー、まだ来てないよー。今ね!誰が来るかなぁってみんなで予想してた」


そして、着替えて共有スペースで待機。何だか今日はイベントが多い日だ。来賓は予想を無駄に多く立てるだけで、結局誰かは不明。


「へっちょい!!」

「風邪?大丈夫?」

「息災!我が粘膜が仕事をしたまで」

「噂されてんじゃね?ファンできたんじゃね!?」


インターンでファンができる可能性は大いにある。八百万さんは職場体験で既にできてたしね。


「だってあのホークスの所にインターン行ってたんやからもうファンいるんとちゃうの??」

「いや…彼は"はやすぎる"からな」


ホークスは22歳ながらヒーローランキングのトップ3に入っている。常闇くんはそこから指名が来てたけれど、職場体験ではなにもできなかったと言っていた。

インターンも意気込んで参加したけど…敵の動きが活発になり途中で中止になっちゃったし。

”速すぎる男”

彼の個性"剛翼"は右に出る者がいないくらいのスピードで空を駆ける。18歳で独立してその年の下半期にはトップランカー入り。楽観的なのに、時にシビアに世の中を見ている人。

あ、そういえばビルボードのヒーローランキングが発表されるんだっけ。


「あっ!来たみたい!!」

「皆でお出迎えするぞ!!」


そこにいたのは私たちの予想をいい意味で裏切ってくれる人たち。決め台詞が炸裂するまで、あと0.5秒。




【目鼻】
目と鼻。物事の輪郭。(ー・揃う)大体が出来上がる。
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