相思というもの

22時21分、自室。


「ストレス発散ってこういうことね」

「お前見てっとマジでクソ苛つく」

「じゃ、何で私のところに来たのよ」


手を上げろ!の状態で硬直した私の腰に絡み付く勝くんの腕。血走った目でストレス発散に付き合えと言うから、組手か何かをするんだと思った。

おでこが左肩に乗って体温を感じる。さっきよりも落ち着いた呼吸。逆に私はこれからどうしたらいいかわからなくて熱がこもる。

一方的に抱きつかれたこの感じは…ストレス発散になる?抱擁ってのが一番良いんだけど…

仕方なく宙に浮いたままだった両腕を勝くんの首にまわす。いつもと違うハグだと思う。

いつもは縋る、というか心が疲弊したときにする医療的な行為だ。ただ、今しているのは…柔らかい?


「…ストレスの具合はどうですか……?」

「……」

「…何か言ってよ」

「…お前こそ言うことねェんかよ」


鼓膜に響く心地の良い低音。言ってやりたいことはたくさんある。疲れてるから寝させろとか、そんなにイライラすること?とか…このハグの本当の意図とか。


「あるけど言い出したらキリがないから言わない」

「…お前ェが調子悪ぃのは、俺のせいか…?」

「……」

「沈黙は肯定だな」


原因は勝くんだけじゃないけど。エリちゃんのことや、文化祭の監視を通して学んだこととか色々ある。

抱き締める腕が強くなった。解っているんだったら聞かないで。普段は私の顔見て何考えてるかわからないとか言うけど、今は絶対にわかっているはず。

ハグって、こんなに恥ずかしいものだったっけ。

逞しい首の位置が高い。勝くんは少し屈んで私の肩に額を乗せているけど、私は顎を伸ばしてやっと彼の肩に届く。視線が自然と上にいく。


「私は、勝くんが解らない…」

「お得意の個性で視ればいいじゃねェか」

「……視るのが怖い、んだよ…」


日常生活で人の考えを意図的に視るなんてナンセンス。コミュニケーションを取ることによって相手の感情を理解しなければ、人として、ヒーローとして失格だと思っている。

それに、不安定な気持ちのまま彼の考えを視る覚悟がない。彼があのときした行動は……?


「俺ァそんなにアホじゃねぇンだよ。シオンもそうだろ。挨拶なんて…」


そう言って彼の温もりが離れたと思ったらエアーキス。何でこんな状況になっているの?

文化祭のアトラクションでは彼が思考停止状態だったけど、今度は私の番だ。

そして再び抱き締められる。

あの日の夕方に思ったのは、彼が”男”だということ。今までは幼馴染みで傲慢で嫌みで、でも芯が通ったヒーロー志望…私に頼れと言ってくれた、私も頼って欲しいと思った人。

それだけだったのに。

ダメだ。ハグだけで違いを思い知らされる。


「っちょ…っと!何すんの…ッ」

「前の続き」


首筋に柔らかいものが押し付けられる。同時に髪の毛のチクチクも凄く気になってしまう。離そうとするけど彼の腕がそれを許してくれない。

どれだけ体を捻っても疲弊した私には、彼を振りほどくほどの力は残っていない。


「だから、何…でッ!」

「いい加減解れや。つーか認めろや!」

「だッ!ん〜〜ッとりあえず離れて!」


なんとか耳元で喋り続ける彼を引き離すことに成功したは良いが…がっつり顔が見えるから結果として最悪だ。

部屋に入ってきたときとは違って般若はどこへやら。切なく眉を潜めて私を見ないで。


「そんな顔して解らねェなんて言わせねぇからな」

「だって…いきなり、だしッ…私今まで……!?」


彼の首に回していた腕を片方とられて、手のひらは勝くんの顔を掴むみたいに持っていかれる。

確実に解ってやっている。彼が私に執着心があるだなんて思いもしなかった。いがみ合っていたから。好敵手だと思っていたから…

入寮を境に少しずつ私たちの関係は名前の付けづらいモノへと変化していっていた。確信犯め。


「手のひらへのキスってさ…」

「懇願」

「…勝くんってロマンチストだったんだね」

「うっせ…お前じゃなきゃするわけねェ」


そんな素振り今まで見せなかったじゃないか。中学の卒業式に発情した彼は感じたけど、あれは支配欲から来るものだろうし…今の感じとは違う。

獲物を定めたら絶対に逃がさない獣は、見事に私を仕留めたらしい。


「…いつの間に、こうなっちゃったんだろ……勝くんなんて、大嫌いだったのに」

「俺だって嫌いだわ」

「嫌いな奴がする行動とは思えないんだけど」

「嫌いだからすンだよ」

「ふふ、何それ。やっぱり解んないよ」


甘い抱擁。クスクスと笑ってあげれば彼も自然と笑顔が綻ぶ。ニヒルな笑顔じゃないのなんてできたんだ。

優しい抱擁。さっき首に触れたのは彼の唇。首へのキスは執着心、独占欲、衝動的な愛情。

これだけされたら、私の心もこの行為による喜びを気づかざるを得ない。


私は、彼が好きだ。




【相思】 互いに恋しく思い合うこと。
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