雄英文化祭当日。
「お疲れさまです」
「朝からご苦労だった。次はステージが終わったら頼む」
「はい」
午前8時。朝イチで何か異常がないかの見回りをハウンドドック先生と行う。早起きは苦じゃないけれど、先生たちの空気が少しピリピリしてて緊張感が伝わってくる。
特に彼は感情がむき出しになるワンコだからなぁ。
常に個性をマックスで展開するのではなく、広く浅くして、即時に感知できるように練習した。クラスの準備にいられない時間があったのはそういうこと。
寮に戻るとほとんどが起きていて準備を始めている。
「おー環心お帰りーイヤー俺緊張しちまって〜」
「心拍数上がると走っちゃうよ。前も言ったけどリラックスね」
「そうだな。耳郎も言ってたんだけどよ!おっかなびっくりは恥ずかしいから!!楽しむぜ!…つーか緊張してたの俺らだけ?」
そんなことはないと思うんだけどな。バンド隊もダンス隊も演出隊もソワソワしてるし。
「あれ?全員起きてると思ったけど…いずと勝くんいない?」
「緑谷くんはロープを買いに行ったよ☆」
「爆豪なら明瞭から余興の準備をしている」
「開幕どっかーんのやつ!!かっちゃん何だかんだ真面目だよなぁ」
行方不明じゃないなら良いや。
私たちのステージの最初の見せ場は勝くんだ。掴みが良くなければ「こんなもんか」と舐められてしまうから。
「かーつくん。どう?溜まった?」
「っは…ッ、ヨユーだわ、クソが」
「…おぉ、お疲れさま…本番まで少し休みな?」
汗を滴しながら準備をしていた勝くんは少しお疲れのようで、本番に支障がでないか心配になる。
彼のことだから、そこはしっかりマネジメントできているんだろうけど…
「初っぱな頼んだね」
「テメーこそ最初の合図しくじんなよ」
「はいはい」
会場の期待度が上がったときに始めるのが良いと結論づけて、最初の合図は私が後方からペンライトで送る。
am8:45。
文化祭開催まで残り15分。今は集中して個性を展開しておこう。何かが起こるとすれば開幕と同時に、なんて事ありえなくはない。
「緑谷いねェな。こんな時間まで何やってんだ」
「確かに☆」
最終確認を行うメンバーもいる中いずがいない?雄英からさほど遠くないホームセンターへの買い出しであれば、こんなに時間はかからないはず。
近くに…は、いない。校舎周辺にいないのなら麓まで範囲を広げてみれば…
…いず、と誰だ、?
敵意…じゃない。
焦燥、憤慨、決意、羨望、偏愛…何この感情、敵?
『Good Moorrrnin!!!ヘイガイズ!!準備はここまでいよいよだ!!』
「ひぇーもう始まっちゃう!」
「来るよ!来るよ!」
プレゼント・マイクの煽りで校内のボルテージが上がっていく。感情が拾い辛い。
問題発生で敵意を感じたら文化祭は即終了。この距離だったらハウンドドック先生も気づいて…向かっているわね。
『そんじゃ皆さんご唱和下さい…雄英文化祭…!!!』
『「「「「「「開催ィ!!」」」」」」』
どちらにせよ普通じゃない感情。今までの敵とは違う。敵意とはまた違った、邪念のようなもの。
Prr
『総員警戒体勢ヲ…敵意ヲ確認デキ次第、文化祭中止生徒避難ノ旨通達スル』
たった今始まったばかりなのに、こんなんで文化祭をダメにさせてたまるか。
*
「雄英、自主がしたい」
遠くで視えたのは猛省した男性の萎んだ声。そして号泣している女性。いずもすぐ側で事情聴取されている。
「戦ったのか」
「……雄英にイタズラしようとしてるのがわかって、少し揉めました。けれど、もう…大丈夫です」
嘘付きがすぐバレてしまうような言い訳。血も出ているし、そこかしこから戦闘の痕跡は見てとれる。
「…っふー……視ていましたが大丈夫でした。それに明らかな敵意なら、私がすぐに気づけますし…敵意じゃなくて、邪念でした」
クラスTシャツとスカートを乱し、山を全力駆け下りたから息の上がりが激しい。でもこの場を終息させるには仕方がない。
『ハウンドドック!エクトプラズムC!異常は?報告をお願いします』
「…端迷惑な動画投稿者の出頭希望」
『なんだそりゃ』
「俺にもわかりません。とりあえず、環心の報告もあり現時点で緊急性はない」
疑うことをしながらも、いずの意を汲んで判断を出してくれた先生方。後できっと怒られるんだろうなぁ。かくいう私もいずにはお灸を据えなきゃ。
「オールマイトガ心配シテイタゾ」
「クラスの皆もよ。今9時17分…今から戻って準備を……ん?いず、ロープは?」
「あ”!買い出しの品あっちに置いてきちゃって!シオンちゃん!すぐに戻るって伝えてて!」
「あっ……もうッ」
私は伝書鳩じゃないんだから。少なく見積もっても戻ってくるまでに25分はかかると思うし。なんでこうもトラブルメーカーなのかな。
「監督!スタンバイオッケーっす!」
「監督!緑谷がいませんっ!」
「監督残り7分っす!!」
「あのバカなら開演ギリギリに来るわ。楽器、ライトの配置諸々完璧」
体育館の舞台袖。ヒソヒソしているけれどテンションの高さを抑えきれていない。しかし準備は完璧。
「監督!一言下さい!」
「監督!不安で押し潰されそう!」
「いや、私もう上に行かなきゃだし、言うこともないよ……言わなくても皆の気持ちは一緒でしょ?」
「「うわぁーんガンバルゥっ!!!」」
「うっさい」
この茶番も時には大事。
「勝くん」
「わーってるよ」
言葉を交わさなくても顔を見ただけでわかってくれる。私みたいに相手の考えてることがわかる個性じゃないのにね。不思議だ、以心伝心ってやつ?
「っしゃー…俺らもやったるぜ!」
演出隊に加わり真っ暗な体育館全体を視渡す。大丈夫。この場にいる全員笑顔にできるよ。不安じゃない、緊張もない。あるのは楽しむ心、笑顔にする気持ち。
さぁ、始めよう。私たちの想いを込めたステージ。
カチカチ
彼に送るのは、信頼の合図。
【目顔】
目の表情のこと。目付き。また顔の表情。
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