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  ガノンドロフとアイク


「手合せをして欲しい」


常ならば片手であしらう蒼色の頼みを引き受けたのは、偏に暇を持て余していたからに他ならない。
この世界は酷く平穏で、故に退屈だ。一時にせいぜい四人しか参加できぬ乱闘は順が回ってくるのも遅く、何故か儂の元へ頻繁に顔を出す小童共の相手をするのにも飽いていて、少しばかり動くのもいいかと気まぐれに思ったまでの事。

強いて言うならば、相手が傭兵の青年だったと言うのも了承を易くした要因ではあった。
これが同郷の勇者であったならば、どの勇者であっても事は穏やかには行かぬ――そもそも話しかけても来ないだろうが――さりとて王子や公子が相手では面倒な話をされるのが目に見えている。
純粋に稽古だけを求めてくる此奴は暇つぶしには丁度良かった。


当の本人は了承されたのが嬉しかったか、僅か目尻を緩める。


「リンクから、あんたは剣も使えると聞いてな」
「使えぬ事は無いが。貴様らの様に馴染み深いと言うものでも無い」


言いつつ、勧められるまま剣を手に取った。嘗て使っていた、この地に持ち込んだ剣は、修練なぞに使うには些か難がある。
鈍らに魔力を這わせ、彼奴の持つ神剣を受け止めるに足る剣と成す。姑息ではあるが、元より全力を出すつもりなどない。十分だろう。

こちらの準備が出来たことを察し、蒼の纏う空気がざらりと変わる。

垂直に構えた黄金の剣が、ひたりと儂に向けられた。鋭く細められた濃紺の瞳の奥に、薄青い炎が揺らめく。
相対したことなど数えるほどしか無いが、剣を構えた此奴の内にはこの炎が常に燈っていた。彼の字たる蒼炎。その正体が負の力であると、何れ程が気付いていることか。


相手が地を蹴った。大きく薙がれた大剣を受け止め、力任せに捻じ伏せる。その流れに逆らわず下げた剣を、一足踏み込んで今度は振り上げた。再び受け止め、今度は後ろに逃れれば、彼奴も下がり構えを整える。
理路的な剣筋は、決して力に呑まれない。打ち下ろされる剣を避け腹を狙えば、さっと身を引かれた。勢い込んでいる訳でもない。

あれ程の炎を身の内に燃やして、よくもまあ。迫る剣を振り払い、心内で舌を巻く。

嘗て、己も彼の力を求め、手にした。戦う為だけに与えられる神の力の鱗片。奴もまた、何れの未来でか女神の祝福を得る器であり、その力のほんのひと房が顕れているに過ぎぬ。
それでも、人の心を灼くには十分な負荷の筈。
負の感情を火種に燃える炎は容易く衝動へと意識を誘う。破壊。殺戮。只屠る為だけに揮われる力。其処に理性など介入する余地は無かった筈だ。少なくとも、儂には。

だが、この小僧はどうだ。



「やっぱり、強いな」


一旦距離を取り、神剣を構えなおした蒼が呟く。口の端を吊り上げながら、燃ゆる炎を瞳に燈したまま。其処に存在する確固たる意志。
殺意が伴わないからか。否、喚ばれて直ぐの、命を凌ぎ合う闘いの中であっても奴の剣は奴の意志の下にあった。

此奴は己を鍛えるのに貪欲で、故に戦いを求める。強き者と相対すれば歓喜する。だが、それだけなのだ。戦いそのもので昇華された炎は、衝動だとか、野望だとかの、余所へは延焼しない。
それはある種完全な円環なのだろう。儂が無し得なかった帰結を、息をするように手に入れている、魔法も修めぬ、小僧。


何と、憎たらしい。



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