眠れない夜はどうしましょうか






眠れない夜というものは、誰にだってあるだろう。
そういう時は、みんなはどうしていたのだろうか。

例えば、お父さんやお母さんの布団に潜り込む。
例えば、眠れるまで起きている。
例えば、お母さんに本を読んでもらう。

いろんな方法があるだろう。

うちの両親は、仕事大好き人間。
所謂、「ワーカ・ホリック」ってやつなのだろう。
子供がいようとも仕事最優先で、帰ってこない夜なんてのはざらにあったし、土日出勤なんていうものも普通だった。
両親に甘えた記憶なんてほとんどない。
何かをしてもらった記憶も、ない。
そんな両親のもとに生まれた俺には、しかし幸いなことに、年の離れた兄がいた。
頼りになる、大好きな兄。
いつも一緒にいてくれる、優しい兄。
だから俺は眠れない夜にはいつも、そんな兄のベッドにもぐりこんだ。

兄はいつだって、本当に優しくて、そして俺の立派なお兄ちゃんだった。
まさに理想の兄そのもの。
そんな兄は俺の誇りで、そして両親のいない夜の寂しさを埋めてくれる、ただ一人の共有者だった。
俺が電気のついた兄の部屋に入ると、兄はいつも机に向かっていた。
しかしすぐに俺に気づいて、手招いてくれる。
そして、甘い、艶やかな低い声で言うのだ。

「佐助、どうした?寝れないのか?一緒に寝るか?」と。

大きめの枕を抱えて頷く俺。
そんな俺の頭を撫でて「じゃあ、ベッド行こうな」と言って机のスタンドライトを消し、俺がベッドに入ったのを確認して、部屋の電気を消す。

「Good night」

という兄の優しい声が聞こえて、それからそっと抱き寄せられる。
額に落とされるおやすみのキス。
俺はそれが好きだった。
それがあれば、さっきまで眠れなかったのが嘘のようによく眠れた。
両親のいない夜。
そうして眠るのが、俺たち兄弟の日常だった。




そんなことを思い出しながら、俺は天井を見上げた。
もう、ずっとずっと昔のことだ。
兄とそんな風に眠ったのは、小学校の低学年までだったと思う。
両親がいないことに慣れた、というのも勿論あったろうけれど、たぶん原因は思春期だった。親に甘えるのが恥ずかしい、と他の子が感じるようになったのと同時期に、俺は兄に甘えるのが恥ずかしいと感じるようになった、ただそれだけの話だ。
今、俺は高校2年。
あの頃高校生だった兄は、大学に行ってもともと得意だった英語を極め、外資系の企業に就職。
現在は多忙な日々を過ごしている。
それでも両親とは違って、『どんなに遅くなっても家に帰る』『土日は緊急時以外はなるべく出勤しない』『家では仕事の話はしない』という自分で作ったらしい決まりを律儀に守っている。
「もう小さい子供じゃないんだし、家事だって自分でできるから。そんな心配しなくていいよ」と疲れて帰ってくる兄には何度も言っているのだが、決まって兄は「心配してるわけじゃねぇさ。ただ、俺がそうしたいだけだ」と笑う。そうして疲れた体でキッチンに立ち、次の日の俺と自分の弁当を作るのだった。

正直、俺は兄の方が心配だった。
いつか倒れるのではないか。
そう思ってしまうほどには、俺の目には兄は窶れて見えていた。
昔の頼りがいのあった背中は、いつの間にか頼りなくなり、もともと血色の良い方ではなかった頬は、時々青白くすら見えた。

だから今日、こんなことを言ってしまったのは仕方のないことだ。
どうしようかと考え、明日が休みだと気づき。
その上で強制的に兄を休ませるにはどうしたらいいかを思案したとき、思い浮かんだのは昔のことだったのだから。

「ねぇ、兄ちゃん」
「なんだ?」

昔のように机に向かい、昔とは違ってひたすらにキーボードを叩く兄の背中に、俺は昔のように呼びかけた。
でも兄は、昔のようには振り向かない。
パソコンの画面に向き合ったまま、声だけで返事をした。

「……ねぇ、こっち向いて」

それがなんだか嫌で、俺は兄に言った。
少しして、兄が振り返る。
眼帯をしていない左の目が、赤く、充血していた。隈も、ひどい。

「どうした?」
「ねぇ、ちゃんと眠れてる?」
「why?」
「目の下。隈、ひどいよ」
「できやすいからな」
「ごまかさないでよ。そんな隈作ってるの、見たことない。……ちゃんと寝てないんでしょ」
「……」



「……一緒に寝よう。眠れないんだ」














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