01
彼女は幼い頃から極度の潔癖症であった。
いや、潔癖症とはいい例えではないかもしれない。だが、潔癖症な部分も多々あるからその例えもまた彼女を表すには適当であった。
彼女は人と触れ合うのを嫌った。しかしそれはただの人嫌いだ。彼女が嫌うのは彼女が汚いと感じた人間に対してすさまじい嫌悪感を示すのだ。
犯罪を犯す者、規律を守らないもの、人を殺したもの。所謂法を犯し処罰される者を嫌った。しかしそれだけではない、それは平和に暮らすすべての人が犯罪者を嫌う嫌悪する遠ざけるのと同じ原理になる。
彼女はもうひとつ、嫌いな者があった。
自身の思考とは裏腹に理性をなくし本能のみに身を任せる者を嫌ったのだ。
そう、例えるならば、目の前の男のような。

ふと寝苦しく目が覚めたため、夜風に当たろうとふらりと無言で部屋を出てのんびりと散歩していた時の事。こんな時間だというのに帰ってきた上官に気づき、彼女は慌てて右手の拳を左胸に翳した。
そして気づく、ふわりと漂う匂い。いや、彼女にとっては臭いというべきか。その悪臭に眉を顰めた。
彼女の上官は有名な潔癖症だった。
常に清潔を好み、暇さえあれば清掃を部下に命じてさせていた。彼女はそれに従順に応じ自身の性格もあり清掃への姿勢は誰よりも真摯に取り組んでいた。自身の仕事場が綺麗な事を彼女自身も望み、それを仕事として命じてくれる上司に彼女もまた好感を得ていたのだ。
その上司から漂う悪臭。時間も相俟って、導き出される答えはひとつであった。

「こんな時間になにをしている。」
「目が覚めてしまい…少し夜風に、あたろうと、思いまして…」

震える声に彼女は気づいた。自身の悪い癖が出てしまっているという事に。
彼女は幼い頃より嫌悪を示した人間に対し、全身を使って拒否感を示してしまう。故に彼女は常に嫌われ者であり除け者であった。しかし彼女はそれを良しとした。なぜなら人がいなければ汚れるものはなく、嫌悪感を示すものもない。それは一つの平和であったのだが、社会に出てしまえばそうもいかない。
震える身体を抑え、本音が出る口を噤み、現実に目を瞑り、全て我慢を繰り返してきた。そして自身と同じ潔癖症の上司を持ち中々順調な兵士生活を謳歌していたのだが、それもどうやら今夜限りらしい。

「おい、どうした。風邪でも引いたか。」
「いえ…、」

伏せていた目を上に向けると、いつもより眉根を寄せた不機嫌そうな顔がこちらを見下ろしていた。
そんな顔をするなら、やらなければいいのにと、考えるより先に口が動く。

「兵長は、汚いんですね。」
「……なんだと?」
「したくないならやらなければいいのに、わざわざこんな時間に女を買って欲だけを満たしているなんて、家畜と一緒です…兵長は、汚いです。」

男は理性と下半身は別の生き物なのだと、いつか同期の男に窘められた事がある。
しかし残念ながら私は生まれてこの方男になったことはない。女はそんな事をしなくても生きていける。少なくとも私は生きていける。だからその行為は理解できない。
家畜と一緒に人間は、汚い。

言うより早く、兵長に殴られた。


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bkm
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