いするぎくんといっしょ(1)


※平和なパラレル時空
※石動が物理的・先天的に犬(ボルゾイ)になっています。
※飼い主はマクギリス


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#1 いするぎくんと准将の朝


私と准将の1日は、朝6時に起きるところから始まる。
といっても、私はそれよりいくらか早く起きるので、正確には5時30分から、という方が正しい。私が朝起きて最初にする仕事は、家中のカーテンを開けて回ることだ。この家はとても広いので、すべて回ろうとするととても時間がかかる。口にカーテンをくわえて優しく引くと、カーテンはするすると開いてくれる。ここであまり強く引っ張りすぎると布が破けてしまうので注意が必要だ。

この家に来たばかりの頃は、加減がわからなくて盛大に破り捨ててしまったことがある。自分にはその自覚がなく、結局家中のカーテンを破ってしまったのだ。カーテンをすべて取り替えるのはとても手間だったと思うが、准将は私をきつく叱りつけるのではなく、穏やかに諭すようにして「次からは気を付けてくれ」と言った。私がいたずらのつもりではなく、准将のお役に立つためにそうしたのだということを、准将はよく分かってくれていたのだ。
だからこそ、今はもうカーテンを破くような愚かな真似はしない。私はカーテンを優しく丁寧に扱うことを覚えた。

最後に開けるカーテンは、准将の寝室にある。静かにノブを下げて部屋に入ると、たいていの場合准将はお眠りの最中だ。
その頃にはもう6時を回っているので、准将を起こさなくてはならない。准将は朝が得意な方ではなく、起こすのにはいくつか段階を経る必要があった。
まずは布団の上にぽんぽんと前足を置いて、声をかける。

――准将、朝です。おきてください。
「…………」
この1段階目で准将が目を覚まされることはほとんどない。
私は早々に2段階目に入ることにした。寝室の遮光カーテンを開けて、朝の光を部屋に入れるのだ。窓の向こうでは早起きの鳥たちが目覚めの歌を歌っていた。ご機嫌なことだ。この歌が准将にも届けばいいのにと思うが、准将は布団を目深にかぶったままだった。
春になったばかりのこの季節、朝はまだまだ寒い。私にはふかふかの毛皮があるからどうということはないにしても、それをもたない准将はさぞお寒いだろう。タオルケットに毛布にと、毛皮の代わりに何枚も布団を重ねているのがその証拠だった。
とても忍びないが、ここで起きていただかないと困るのは准将本人なのだ。私は母犬のような気持ちになって、すみませんと謝りながら准将の布団を静かに剥ぎ取った。

――准将、もう朝ですよ。おきてください。
もう一度語りかける。准将は、うーんとかすかな唸り声を上げた。その右手が布団を求めて彷徨うのを見て、私は自分の顔を准将の手の先に置いた。
もふ。布団の代わりに、私の毛皮が准将の手に触れた。もふもふもふ。准将はそのまま右手で私を撫でる。もふもふもふふふふ。
「……いするぎ……?」
はい。
「そうか、もう朝か……」
はい。6時をすぎました。

准将がうっすらと目を開けた。ガラス玉のようにきれいな目が私を映し出す。准将に見つめられるのは好きだ。撫でられるのはもっと好きだ。
私の頭を撫で続けたまま、准将がゆっくりと体を起こした。
おはようございます、准将。
「おはよう。起こしてくれてありがとう」
これも私の仕事ですから。

准将が洗面所に行って顔を洗う間、私はその背後で座って待っている。寝ぼけまなこの准将が、顔を洗い服を着替え、すっきりとした「准将」の顔になる瞬間、私もつられて背筋を伸ばす。眉毛がきりりと上がってとても凛々しい。くつろいだ様子でいても、准将は准将だった。これが私のご主人だ。
とはいえ家の中ではいささか整理整頓には無頓着になるようで、脱いだシャツが脱衣かごをはみ出して床に落ちていた。私はすかさずそれをかごの中に戻す。また仕事を1つやり遂げた気分になる。

身だしなみを終えた准将は、キッチンで朝食を作り始めた。火を使ったり、食べ物を扱ったりする仕事は私にはできないので、ここは准将にお任せするしかない。その代わり私には別の仕事が待っているのだ。
じゅうじゅうとベーコンが焼ける匂いを背に、私は玄関へ向かった。玄関の鍵を開けるのには少しこつが要る。高さがあるので、後ろ足で立ち、前足で上手に鍵を動かさなければならない。私はもう慣れているのですぐに開けることができた。
玄関を出て石畳の通路を抜け、門のそばへと駆け寄る。そこに設置された郵便受けが私の目的地だった。郵便受けの中に入っていた新聞紙を口にくわえると、一目散に家の中へと戻る。

キッチンにはおいしそうな匂いが充満していた。今日の朝食はトーストにベーコン、それとスクランブルエッグらしい。准将がコーヒーと皿を持って席に着く前に、私はテーブルの上に新聞を置いた。これで朝の準備は万端だ。
「いつもすまないな」
准将が穏やかに笑う。私が部下としての仕事をするたびに、准将は毎回忘れず労いの言葉をかけてくれる。なんて理想的な上官であることか。
いいえ、この程度朝飯前ですよ。
名実ともに朝食前の仕事を終わらせた私は、誇らしく答えた。


(2)へ続く

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2017/03/14


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