アルティミシア城にて1 | ナノ


この世界に限らず、世に生き、闘争を経て朽ちてゆく戦士達の中には、兎角心身共に研ぎ澄まされ至近距離にあっても気配の掴みにくい熟練も居れば、兎角遠くにあっても惨い程に気配の判りやすい未熟も居る。
ガーランドは、少々呆れた心境で考えながら、アルティミシアの居城、最下層の水路をゆっくりと歩いていた。
薄暗く静まり返った古城の通路に、足音と、鎧の合わせ板が当たり合う金音が反響する。
水源の判らない淀んだ水が、朽ちて柵の無くなった水路を緩い音を奏でながら、ガーランドの歩く速度と同じ早さで流れていた。
ガーランドは溜息を吐いて思考を続ける。
…前者は、ある程度の歳を重ね、その過程で自らを窮地にて鍛え上げた者や、訓練、鍛練によって己を磨いた者、稀に居る、戦闘に関して天性の才覚を持つ者等が上げられる。
闘って愉快と感じる手合いである。と、ガーランドは思う。
何処かで、ごぉん…と、歯車の回る重い音が響いていた。
…後者は、言うなれば発展途上。技が熟するまでまだ長い月日を必要とする未熟者が上げられる。
これが、闘争を覚えて間もない者であるなら、まだ戦い慣れないその姿が微笑ましくもあるのだが、ある程度闘い慣れた者となると、戦闘が長引けば長引く程に、勝てぬ己に苛ついてくるのであろう。技が荒く大振りになってくる。
…こうなっては愉快ではないのだ。
勝てぬなら引くのも戦術。
勝てぬと解ったのなら、己が斬り倒されるまでを愉しむのも一興。
引けぬ闘いであるなら、勝敗は二の次。己が力尽きるまで剣を離さない。
そんな覚悟をし、そして同じ覚悟を持つ者と闘うからこそ、先が見えず愉快なのである。
…さて。
ガーランドは水路を通り過ぎ、寂れ、苔むして水の止まった噴水をしつらえた、暗く小さな中庭に出た。
水路出口の直ぐ隣にある礼拝堂の入口を潜れば、目の前に、ステンドグラスに色付けされた淡い光が拡がっていて。
逆光で見え難いが、奥に大袈裟な鍵盤楽器が置いてあるのが見えた。
ガーランドは礼拝堂の床に、不規則に並んでいる椅子を右に避け、右手に広間と平行に設けられた、上へと続く階段へと足を進める。
階段の角は、至る所が欠けていた。
階段を上り終えた先には、腐り掛けた木製の橋が、先にある時計塔まで掛かっていて…。
橋の周りには、不自然に青み掛かった暗い光と、その光を一層暗く見せる、これまた不自然な霧が満ちていて、橋の下に何があるのか、その存在を隠していた。
…兎角、魔女とは大仰な技を好むか、と、ガーランドは頭を振る。
腐り掛けた橋を恐れなく踏み越え、時計塔に入れば、仄暗い吹抜の中、鐘楼へと続く螺旋通路が上へ上へと続いていた。
上を見上げれば、吹抜の中央に大きな振り子が振れている様が、暗闇の中にぼんやりと見えていた。
ガーランドは首を戻し、螺旋通路を逸れ、奥にあった木板の山の前で、歩みを止める。
今一度、後方上を見上げれば。所々、足場の木が腐り崩れ堕ちた螺旋通路が見えた。
…見ている間にも、左手上方の足場が崩れ…離れた場所、中階に設けられた足場から覗く歯車に降り注いでは噛み合った歯車に巻き込まれて次々に破壊されていく。
ガーランドは、前にある木板の山も、ああやって崩れた木が積み上がった結果だろうと考えた。
アルティミシアに修理を促したことはない。
彼女の強大な魔力が満ちた城だ。放って置いても勝手に時間は巻き戻る。
ガーランドは目の前の木板の山に視線を戻した。
木板の山の向こう側は、多少の隙を開けて、暗い色の壁となっていて、一見、何の変哲も無い。
…が。
ガーランドは再び。呆れた心持ちで溜息を吐いた。
…先程から、わざと敵を呼んでいるのかと疑いたくなるような、この判りやすい気配は。
ガーランドは軽く足を浮かせ、木片の山を蹴り崩した。
「…隠れたつもりか、童」
「…うる、さい…」
赤い軽鎧と、赤衣の少年。
秩序の戦士の…確か、オニオンナイト…と言ったか。
ガーランドは、僅かに顎を引き、自分を見ても床に尻を付けたまま動こうとしないその少年を観察した。
…顔や剥き出しの足と腕に幾らか傷を負っていて、全身が煤けている。
そして酷く顔色が悪い。
何故かとガーランドは暫く思案し…。
やがて右腕が数ヶ所も、あり得ぬ方向へ捻曲がっていることに気がついた。
…成程、と思う。
この童は、未熟ではあるが、確か職を変え気配を完全に絶つことが出来た筈…だが、この状態ではそれもままなるまい、と。
ガーランドは手にした剣をがしゃりと鳴らす。
「イミテーション共に打たれたか」
「…っうるさい…」
図星か。
どうも先程から野放しにしたイミテーション共が見合たらぬと思うた。
こやつが砕いていたか。
しかし最後の一体を打ち損じ、断末魔の反撃を受けた…といったところだろう。
そう胸中で呟き、ガーランドは少年を見下ろす。
こちらを睨み上げる気概は大したものだと思う。
…が、その目の色は怯えだ。
動けず、気配も消せぬ状態で、味方が見つけるのが早いか、敵に見つかるのが早いか。この少年は、怪我を負い、持てる最後の力でここに身を隠し、賭けに出た。
…そうして、賭けに負けたのだ。
ガーランドは少年に利き手でない方の手を伸ばした。
少年は、腕が痛まぬ範囲で、精一杯仰け反って避けようとする。
…だが避けるにも場を動けぬならば限度がある。
ガーランドは避けようとする少年を追うように手を伸ばし…少年が身を捩ったその肩を越え、背中に垂らした短いマントを掴んで上に引き上げた。
首が締まる苦しさに、少年は無理を押して膝立ちになる。
マントを引かれた所為で身体が反転し、ガーランドに背を向けて膝立ちになった少年の腰帯、背中側の中央に、ガーランドは己の大剣の先を引っ掛けて持ち上げた。
元より、「斬る」剣でなく、「叩き潰す」剣だ。加えて、相手は鎧姿なのだから、これ以上の怪我を負わせるようなことにはなるまい。
ガーランドは少年を切っ先に引っ掛けたまま、その大剣を肩に担いで歩きだした。
向かうは城の外。或いは、秩序の戦士達のいずれか。
「何すっ――」
「黙って腕でも押さえていろ」
反抗的に言い掛けた少年に、被せるようにガーランドは素っ気なく言い放った。
来た道を、ガーランドは逆に辿り始める。
先ずは時計塔を出た。
そして朽ち掛けた木製の橋を渡る。
歩みを進める度に切っ先で揺れる少年。その揺れで、担いだ剣と肩甲がかち合って音を立てていた。
「何する、気だっ!」
「仲間の元へ返してやろう」
ガーランドの言葉は、少年にとって意外だったらしい。
暫く言葉に詰まった後、少年は口を開いた。
「…何で殺そうとしないのさ」
不貞腐れた様子で、背後から掛かった言葉に、ガーランドは鼻で嗤う。
「手負いの、しかも童とやり合うても愉しくはないわ」
「馬鹿にするな!」
「傷んだ野菜とでも言って欲しかったか?」
「っ、こんの…! いつか、やってやるっ…!」
歯軋りが聞こえてきそうな声色に、ガーランドは今度は愉しそうに笑う。
橋の先の階段を降りれば、そこは小さな礼拝堂で。
「余り期待せずに待っておる」
その言葉で、何を思ったかは量れないが。
切っ先の少年は押し黙った。
ガーランドは礼拝堂を出て、暗い中庭に出る。
同時。
ぴり…と…。
ガーランドは耳の裏が痺れる様な、あからさまな敵意と警戒の気配を複数。感じた。
背後の少年ではない。
それに、少年は気付いていない様子だ。
判り易い未熟な気配と、押し殺した判り難い気配。
…。
ガーランドは呆れたような、若干安堵したような心持ちで、行き先を城外から左階段の間に変えた。
「ねぇ」
そんなことを全く知らない少年は、先程よりは幾分落ち着いた声音で話し掛けて来る。
「どうして助けるのさ」
「言うただろう。今のおぬしとやり合うても愉しくは――」
「じゃなくて」
先程、ガーランドが少年の言葉を止めた様に。
今度は少年がガーランドの言葉を遮った。
…腕が痛むだろうに。
その精神力は評価に値する、と、ガーランドは考える。
中庭の噴水を回り、礼拝堂の反対側にある入口を潜って大広間に出た。
少年は続ける。
「…それならさ。放って置けば、その内僕は他のカオス陣かイミテーションに見つかって殺されちゃって、カオス陣が一歩リードしたんじゃない? カオスの為を考えるなら、戦いたくないって思ったら放っておくべきだったんじゃないかな?」
「…うぬは殺されたいのか?」
「違うよ、生きたいよ。でもさ」
…あまりに饒舌な少年に、ガーランドは先程の自分の思考を撤回した。
痛みを押す精神力ではない。
ともすれば遠くなっていく意識を繋ぐ為に、この少年はしゃべっているのだと。
そして更にその思考をも撤回する。
遠くなる意識を繋ごう等と、この歳で大した精神力だ、と。
「あんまりにも、あんたの行動がカオスっぽくないからさ」
「…ならばお前と同じ状況にカオスの面子がなったとして、その場で止めを差そうとするコスモスの者が居れば、それはコスモスの戦士らしくないと?」
「あはっ、やりそうな人が何人か居るけどね〜」
少年は一度咳き込んだ。
骨折の吐き気を耐えているのだと知れた。
「でも、この世界はさ」
…ガーランドは少年を一度下ろそうと思った。
「カオスの方が優勢だからさ。カオス陣やイミテーションより先に、僕らが傷付いたカオス陣見付けるなんて、有り得ないと思うな」






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