アルティミシア城にて2 | ナノ

ガーランドは大広間の窓辺に寄り、少年を下ろして吐かせた。
胃に何も入っていなかったか、えずいた結果吐いたのは胃液だけだったが。
…酸で喉が焼けるだろうが、そこまでは知ったことではない。
ガーランドは再び、少年を切っ先に掛け歩き出した。
「ねぇ」
呼び掛けに、ガーランドは溜息で応じた。
「どうして助けるのさ」
…逃れられぬか。
ガーランドは再び溜息を吐いた。
何故こうも食い下がってくるのか。
先程の答えでは不満なのか。
少年の意図が、ガーランドには解らない。
意識を繋ぐ為だけならば、自分は少年の敵であるのだから、罵倒等続ければ良いものを。
「手負いをいたぶるのは好かん」
「だからそうじゃなく――」
…判るものか。
判るものか!
ガーランドは無性に苛立った。
「手負いがいたぶられる様も好かん。そうなると解っている状況で放置することも好かん! これで良いか!」
半ば怒鳴り付けるようにはき捨てれば、少年は押し黙った。
…。
…ガーランドは。
感情のまま怒鳴り散らした自身の行為を恥じる。
そうして無言のまま、大広間を抜け、中央通路へと歩みを進めた。
灯りも窓も無い通路は暗く、静かで。
…耳裏に感じる、ぴりとした警戒の気配が、近い。
長い長い通路に、己が床を踏む音と、鎧の音だけが反響する。
…ややあって。
背後で揺れる少年がぽつりと呟いた。
「…騎士」
「止せ」
己を言った言葉だと理解するや否や、ガーランドは直ぐに制止を口にしていた。
次いで矢継ぎ早に言葉の応酬が開始される。
「嫌だ」
「止めろ」
「何でさ」
「わしは騎士ではない」
「嘘だ」
「嘘ではない」
「でも昔そうだったんでしょ?」
「過去の話だ」
「なら立ち居振る舞いも過去に置いて来ちゃえば良かったじゃないか」
…言葉に詰まった。
「…こんな変な世界で、敵に手を差し出すような真似までしてさ」
…足が止まる。
「…死にたいのか」
あまりに神経を逆撫でする少年に、少々…本当に少々。
殺気を向けて言ってみる。
「死にたくはないよ」
しかし、怯えるどころか寧ろあっけらかんとした少年の声が聞こえた。
「生きたいよ」
怪我を負い気配も消せぬでは、少々の殺気を向けたところで、それが判る筈もない。
元より、この少年が気配や気等読めるのかも怪しいところだ。
と、ガーランドは思い直して肩を落とした。
…何を苛立っておるのだ、わしは、と…。
「…ならば黙っておれ」
そう、言い捨てて。
再び、ガーランドは歩きだそうとした。
しかし。
「だから借りは必ず返すよ」
…。
ガーランドの足が止まった。
「あんたもきっと、借りを受けたら、そうするでしょ?」
…。
ガーランドは。
歩き出せなかった。
…するだろうな、きっと。
そう、ガーランドは思った。
例え借りを受けた者が自分でなくとも…同じ陣営の者が敵陣営に助けられたのなら、借りを返そうとするだろう。
…しかし、だからといって。
何故。
このように。
歩み出せぬ程に動揺せねばならんのだ…!
「…怒っちゃった?」
多少は悪怯れたか。
全く微動だにしなくなったガーランドに、恐る恐る、背後の少年が声を掛けてきた。
ガーランドは、暫く反応しなかった。
…反応が出来なかった…のかもしれない。
やがてゆっくりと、深く。
溜息を吐いた。
「…うぬは立派な騎士になりたい、と。そう思うか?」
立ち止まったままで、そう問うた。
「そりゃあね」
返答は直ぐに帰ってきた。
ガーランドは、少年が怒ると解っていて、敢えて続きを口にした。
「…護ると決めた少女を一度敵の手に落とし――」
「そのことは言うな!!」
案の定。
複雑に骨折し吐き気を耐えている者とは思えぬ怒声が通路に響いた。
…遅れて、複数の足音がこちらへ向かって、どこからか走って来る音が聞こえ始める。
…童の怒声が呼んだか。
先程から感じる警戒の気配は既に濃い。
そして足音に合わせ、刻一刻とその濃さを増してきている。
十中八九、コスモスの手合いだろう。
ガーランドは少年と離れられることに心底安堵した。
「ならば」
足音がこの通路に現れるまで、この場を動かぬ方が良かろう、と。
ガーランドは動かぬまま、先程までの会話を続ける。
「うぬも人が止めよと言った話を続けるでない。」
人が嫌がるものを続けることが果たして騎士の振る舞いか? と、問えば。
…少年はもう、話を振っては来なかった。
前方左手にしつらえられた通路入口から、9人の戦士が走り込んでくる。
彼らは通路中央に立つガーランドを見止めて1度足を止めた。
ガーランドは少年を切っ先に掛けた剣を肩から浮かせ、彼等の方へ突き出す。
その、切っ先に揺れる少年を見た瞬間、怯えも警戒もせずに走り寄って来た少女と夢想に、何故かガーランドの方がおののいた。
遅れて、2人を追う様に、全員が走り寄って来て。
急ぎ少年を切っ先から外そうとする少女と夢想を、少年の腕に気付いた騎士と義士が留め、腕の状態を見てから、少年に負担を掛けぬよう、騎士が切っ先から少年を抱えて外す。
抱えられた少年は、真直ぐにガーランドを見ていた。
その真摯な視線を受け止め損ねて。
ガーランドは何も言わずに踵を返して、来た道を戻ろうと足を踏み出した。
己が宿敵の声がする。
「済まない。この借りは、必ず」
「…はっ」
ガーランドは歩みを止めぬまま、背中で笑った。
「敵に借り等と、甘いことだな」
宿敵の闘争心を煽ろうとして。
だが、しかし。
「甘くもなるさ」
それに応えたのは、つい今しがたまで、背後に負っていた少年の声だった。
「命を助けられたんだから」
…。
…甘いことだ。
と、ガーランドは思う。
本当に甘いことだ。敵の気紛れかもしれぬ、ただ運が良かっただけのことだというのに。
鼻で嗤って、ガーランドは応えなかった。
そのまま歩みを進めていく。
その背中に、これで今回の茶番では最後の言葉になるであろう、少年の声が掛かった。
「有難う」
…。
ガーランドは、一瞬歩みを止めてしまいそうになった。
だが努めて、歩みを進める。
こちらを敵意無く見つめている、その気配がする彼等に振り返る気概は…悔しいが、無い。
だからこうとだけ、言い捨てた。
「甘さに過ぎる。興も起きぬわ…」
礼など、周りの奴等にでも言っていろ。
そう思って、しかしそれは口に出さずに。
ガーランドはその場を立ち去った。

…考えてみれば、逃げたようにも取れる去り方だった…と、ガーランドは城内を歩きながら思った。
…が、それも致し方無い、と溜息を吐く。
実際、逃げたのだ。
自ら手放したつもりの美しいものや暖かいものは、実際には手放し切れていないと宣告されて。
しかし、今から手に掴もうにも、それらはどうにも身に受ける剣よりも痛くて。
だから、ガーランドはあの場から逃げたのだ。
敵前逃亡。
しかし誇りすら手放し切れていないガーランドにとっては、それも苦痛で。
あの少年の思わぬ攻撃力に、ガーランドは1人、薄暗い他人の城のテラスで蹲る羽目になった。





リクエストありがとうございました!
ご希望に添ったものが書けているか解りませんが、少しでもお気に召して頂ければ幸いです。宜しければどうぞお持ち下さい。

織恵様へ。精一杯の感謝を込めて。


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