獣ヶ原にて1 | ナノ



ジタンは走っていた。
隣にはウォーリアが、その更に隣にはティーダが走っていた。
ティーダの表情は、緊迫と失う恐怖で固く、真青だった。
「次の世界っス!」
ティーダが叫んだ。
ウォーリアは一見変わらない様に見える。
だがしかし、通常手にしている剣と盾を消し、走ることに重点を置いているということは、やはりこの事態を一大事と捉えているのだろう。
各言うジタンも、相当焦っていた。
ホームと称する森から、何度空間の歪みを経て世界を渡ってきたのだろう。
その数を覚えていないし、今誰の世界の何という地形を走っているのかも解らない。
だがそんなことは、心底どうでも良かった。
運動によってというよりは、焦りで動悸が上がっている。
目前に迫る空間の歪みに、しかしその先の世界への警戒で、彼等の足が止まることは無かった。
歪んだその空気の先こそ、今目指していた世界。
躊躇い無く飛び込んだ。
身体の表面に、ぴり、とした僅かな違和感を感じる。
その違和感が過ぎ去った直後、急激に視界が開け、目の前に新たな世界が姿を現していった。
そこは…。
「3名様ごあ〜んな〜いっ!」
一面土埃と炎に包まれた大地だった。
辺りの気温は炎に焼かれた大地の熱で異常に高く、また炎による気流の乱れで砂嵐が起こっている。
ウォーリアのマントが嵐に煽られて、横水平にばたばたと音を立ててはためいた。
ジタンは顔の前で靡く髪を後ろへ払う。
砂嵐の隙間から稀に見える、夕焼けとは似ても似つかない怖ましい赤色をした遠い空では、土埃が幾つも渦を巻いていた。
その他は、近くにいる仲間2人以外、土埃色の嵐に隠されて何も見えない。
砂嵐が起こり、また竜巻が発生しているということは、それだけここが、世界の断片としては広いのだろう。
だが、解ったことと言えばそれだけだ。
異常に温度の上がった、土埃の舞う空気の所為で呼吸がし辛い。
ジタンは声のした上空を睨み上げた。
ケフカ…と名の付いた道化が、派手な衣を炎が生んだ上昇気流にはためかせて、土埃の間の僅かな隙間で、上機嫌に…そして異常にけたたましく…笑っていた。
道化の衣の色は、この世界の空の赤色に良く似ていた。
道化の背後に僅か、その赤空が見えている。
その赤空を、遥か遠くで土埃色の渦が斜めに裂いていた。
「ダ〜レのごしょーたいで来まちたか〜?」
遠くで爆音がした。
焦りと、ケフカの完全に人を馬鹿にした物言いに、ジタンの眉根が寄る。
「移動魔法で拠点に戻ってきた仲間から事情を聞いてこの場所に来た。ティナはどこだ!」
律儀に敵に返答をするウォーリアを、答えなくても良いのに、等と思いながら、ジタンはケフカを睨み上げつつ…期待はしていなかったが…返答を待つ。
ケフカは、それはそれはわざとらしく、思い付いた様に、ぱちん、と手を打ち鳴らした。
「あ〜あ〜! ボクチンのオトモダチに吹き飛ばされて、死にそうになって逃げていった人達のことですね〜?!」
「黙れよ! ティナはあんたの友達なんかじゃねぇだろ!」
「おんやぁ?」
激昂して叫んだティーダにケフカは、またわざとらしく利手を目の上にかざして片手を腰に当てると、わざとらしく身体を前に折って、こちらを見下して来た。
「誰かと思えば…ボクチンのオトモダチに吹き飛ばされた人達と一緒に、逃げてっちゃった玉ころ遊びのコ!」
「黙れっつってんだろ!」
「いやぁ、でも、動けなかったキミの気持ちも解りますよぉ。な〜んたって、あのコも、あのコの力も、あ〜んなにキレイなんだ・も・の〜!」
酷い…酷い破壊のされ方をした甲高い高笑いと同時に、爆音が聞こえて地面が揺れた。
「しゅ………っごおぉぉぉい!」
頬に両手を当て感嘆を叫ぶ道化を、空中から引きずり落としてぶん殴ってやりたい、と、ジタンは思う。
だがまず優先すべきはティナだ。
ケフカの調子からすれば、この爆音の主はティナ。
だがジタンの知るティナは、こんな破壊を好む女の子ではない。
加えて、仲間に攻撃を仕掛けるような子でも無いのだ。
しかしケフカの物言いは、明らかにティナが仲間に攻撃を加えたと思わせるもの。
爆音のする方へ駆け出したウォーリアに続きながら、ジタンはティーダに声を掛けた。
「ティナちゃんがヤバいってのはさっき聞いたけど、何でこうなってんだ?!」
フリオニールも凄ぇ火傷してたし、オニオンに至ってはズッタズタだったし!
ジタンがこう叫べば、拠点に残してきた2人が心配になったか、ティーダの走る速度が落ちた。
「あ。死にました〜? あのヒトタチ」
「ふっざけんな! 死んでねぇよ!」
「ティーダ、落ち着け」
ウォーリアが、ケフカを見ずに走りながら言った。
「オニオンにはフリオニールが付いている。心配は要らない」
「…うん」
ティーダが、遅れがちだった足並みを合わせる。
同時、ジタンは再び言った。
「…で! 何でこんなになってんだよ?! 出てくる時もティナちゃんがヤバいとしか聞いてねぇぞ?!」
「あ、説明しましょーかぁ?」
上空からケフカがのほほんと、しかし心底嬉しそうに言うのを、ジタンは無視した。
焦りと、ケフカに対する苛立ちや怒りで、心臓がどくんと咆哮を上げる。
ジタンは片手で胸を押さえた。
ケフカは無視されたことを気に留めていなかった。
返答もしない内に、勝手に話しだす。
「リフレクってご存知ですかぁ?」
爆音が響いた。
近い。
「掛けておくと〜、その後から掛けられた魔法を跳ね返す魔法なんですね〜」
爆音。
同時、聞き慣れない、獣の様な咆哮が聞こえて、3人は視界の悪い砂嵐の中、足を止めた。
見上げると、ケフカが居て。
唇を越えて耳まで伸ばされた、派手な道化の粧を差し引いても、耳元まで大きく裂けたような嗤い方をしていた。
…気持ち悪ぃ…。
ジタンはきつく眉根を寄せて身震いした。
「ボクチンのオトモダチの魔法はぁ、と〜〜〜〜ってもつよーい!のだぁ! だからぁ、ボクチンも喰らっちゃうとイタイのね〜」
爆炎が、瞬間、3人とケフカを隔てた。
ジタンは腕で目を庇い、肺を焼かれないように呼吸を止める。
爆炎が去った後の上空には、上機嫌で狂った様に…否、もう狂っているのだろう…ケフカが嗤い転げており、焦げた大地には…。
「バッツ?!」
「スコール!」
焼け爛れた2人の仲間が転がっていた。
スコールは意識はある様だが、指先が僅かに藻掻くだけで身動きが取れない様子。
バッツはスコールに比べればまだ動ける様子だったが、熱された空気に肺を焼かれたか、身体を前に折って胸を押さえ、恐ろしい雑音の混じる喘息をしていた。
「ボクチンこ〜っそりリフレク掛けておきました〜〜! そしたらボクチンのオトモダチが、ボクチンに放った魔法は! 跳ね返って赤いコを真〜〜〜〜〜っ赤! に! したのだぁ!」
「ケフカ! てめぇ…!」
恐らく、それ以前から戦闘は始まっていたのだろう。
そして偶々、ティナはケフカがリフレクとやらを使うところを見られなかった。
結果、ティナの目の前で、ティナの放った手加減の無い魔法が、オニオンを打った。
ティナは…。
「嬉しかったよぉ…? きちんとボクチンを見ていればぁ、ボクチンがリフレクを使ってたことが解る筈なのにぃ」
ティナが自分の力を恐れ、自分の力で仲間が傷付くことを恐れていることは知っていた。
…そして悪いことに、ケフカもそれを知っている。
「なのに!」
と、ケフカは言った。
「ボクチンに魔法を放って来たとゆーことは!」
そう、両手を大きく広げて叫んだ。
「味方も敵もカンケーない! やっぱりボクチンと破壊を楽しみたいってことなんデショーーーっ!」
…尚悪いことは。
ティナがどういう精神状態に陥ると力が暴走するのか、仲間ではなくケフカの方がより深く理解している…ということ…。
ケフカの言っていることは滅茶苦茶だ。ティナが破壊を望んでいる理由に等なっていない。
こじつけですらない。
…けれど。
「てめぇ! それティナに言ったのか!」
ジタンは空のケフカに向かって叫んだ。
ケフカは。
耳元まで裂けた笑みをそのままに、片目だけを大きく見開いてジタン達を見下ろした。
「…それの何が悪い」
砂嵐が割れた。
遥か先に浜辺が見え、その向こうの水平線が、真っ赤な空と彼方で交わっていた。
雲は千々に乱れて浮かび、ひび割れた大地は黒く焦げ付いて、あちこちに炎が猛っている。
土埃色の渦が、大地から天に向かって幾筋もそびえ立ち、うねり、身悶えていた。
ケフカは身を正し、空中で直立すると、利手を水平に伸ばし、大きく緩やかに振って、掌を己の胸へ当てると同時にこちらへ向かって深く頭を下げた。
次いで、掌はケフカの胸から離れ、ジタン達の視線を誘導する様に腕が横へと伸ばされる。
まるで恭しいものを紹介するかの様に示されたその赤い空の手前に。
「…ティ…ナ?」
その獣は居た。
それは、人に良く似た獣だった。
四肢を持ち、後肢は2足で立つ為か前肢よりも太く、間接の向きはほぼ人と同じ。
人が片足で立つ時と同じように、僅かに後肢の片方を上げ、前肢を垂直に立てた胴から若干離して宙に静止している。
身体全体は薄い赤色の短毛で覆われていた。
人で言う、額にあたる部分から背中にかけては、酷く硬質な手触りを連想させる長い体毛で覆われている。
その様子が、前面からでも良く判った。
四肢の末端は人の手足よりも大きく、胴の体毛より若干長い毛に覆われて、指先と思しき先端には、世辞にも友好的とは言えない凶暴な爪が見て取れた。
その更に手前の大地を見て、ジタンの隣に立つウォーリアが、1歩を踏み出し掛ける。
「お前達…!」
今にも大地に膝を付きそうな程、全身に傷を負ったセシルとクラウドが、大地に刺した得物を杖替わりに、獣と対峙するかたちで、こちらに背を向けてそこに立っていた。
「獣ケ原へよぉうこそ…」
ケフカの声がした。
セシルの、クラウドの、片膝が大地に落ちた。
「…獣ケ原…?」
ジタンは呟いた。
「そう…」
ケフカが応えた。
熱風が、ちりちりと肌を焼く。
「世界中の魔物が集まる、ボクチン達の世界」
「あれが…ティナ?!」
ジタンの叫びに、ケフカは大きく見開いた片目を、今度は横に細く引き伸ばして嗤った。
「正解だじょ〜っ! 綺麗でショ?」
…獣が咆哮した。
甲高い、悲鳴を思わせるその声はしかし、そして確かに。
人、の、声…ではなかった。
どうにかしなければ。
焦る心に心臓が。
どくん。
咆哮でもって応えた。
獣は1度、身体を丸めると、再度咆哮と共に四肢を開いた。
獣の胸の前に赤い、頭大の光球が瞬間、現れる。
と、思った次の瞬間にはその光球は獣の胸の前には無く。
替わりに、という言い方もおこがましい程に瞬時に…もしかしたら、それは光球が現れた時と同時と言った方が近いのかも知れない…ジタンの隣に立っていたウォーリアが、後方へ吹き飛ばされていた。
遅れて、ウォーリアの側にしていたジタンの半身のあちこちが、高速で通り過ぎた光球と空気の摩擦の影響で裂傷を負い、血を噴く。
ティーダを見やれば、ティーダも半身の至るところに裂傷を負っていて。
飛沫いた血は、あるいは滴る血は、焼けた大地に付くなり、瞬く間に乾いていった。
…ウォーリアでさえ、全く反応出来なかった。
当然、ジタンにも視認出来ていない。
セシルとクラウドがこちらの安否を気にしてか、振り返った。
…そして、2人同時に倒れた。
赤い空では、ケフカが狂った嗤い声を上げる。
薄赤い色をした獣は、ケフカにも同じ様に光球を放つが、ケフカには届かず…。
光球は薄緑の壁に遮られて地面へ…こちらへと跳ね返って、伏して動けないバッツとスコールを打った。
どくん。
心臓が軋む音を聞いた。
ケフカの、更に狂った、頭に響く哄笑が癇に触る。
振り返ってウォーリアを見た。
ふらつき、しかししゃんと立ち上がってケフカに切っ先を向けるウォーリアの姿が瞳に映った。
「ティナを返してもらうぞ、ケフカ!」
ケフカが哄笑を止め、苛立ちと嘲りの混じる歪んだ表情で見下してきた。
「…いっちばんキライなタイプ」





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