獣ヶ原にて2 | ナノ


ケフカが、自身の魔力に振り回されたティナが、こちらに向かって魔法を放ってくる。
ケフカがバッツとスコールに放った電撃は、2人を抱えて飛び退いたティーダのお陰で、誰も喰らうことなく虚空に散った。
だがティナの攻撃は。
「――――っあ?!」
気付けばジタンは、ウォーリアの更に後方まで弾き飛ばされていた。
…腹に…まともに喰らった…。
ティーダの、自分を呼ぶ悲鳴が聞こえた。
地面を数回、バウンドして止まったジタンは、身を起こすなり、光球を喰らった衝撃で上がってきた胃液を吐き出した。
光球を喰らった腹は、装甲が無い為に服が焼き切れて落ち、その奥に焼け爛れた肌が覗いていた。
どくん。
ティナが暴走した焦りと、仲間が、己が失われるかもしれない焦りで、心臓が咆哮する。
…それしか…無ぇか?
ジタンは咆哮を上げる心臓を、胸を押さえた。
「どうしちゃったんだよ、ティナ!」
向こうで、動けないバッツとスコールを抱えたまま、ティーダがそんな悲鳴を上げる。
ケフカの魔法を剣で弾いたウォーリアが、ティナの攻撃が効いているのか、ケフカに噴き上がる光の波動を放った後、大きくよろめく。
先程、こちらへ振り返ると同時に倒れたセシルとクラウドは、未だ動かないままで。
ティーダに抱えられたバッツとスコールも微動だにしなかった。
ホームに居るオニオンとフリオニールは、果たして本当に無事なのか…。
自分も…と、ジタンは焼けるように熱い地面に片腕を付いて身体を支え、痛みに震えた。
焼け爛れた腹から、黄味がかった透明の体液が滲み出して地面に垂れていた。
どくん。
早く出せ、と、心臓がまた吠えた。
「それしか…無ぇか…」
ケフカが喜悦に満ちた声でこちらを蔑み、高らかに嗤う。
ティナはあやつりの輪を着けられている訳ではないから。
ケフカを倒しても、ティナ自身に自我を戻してやらないと、ティナは帰ってこない。
それが嬉しいと、ケフカは嗤う。
例え自身が敗北しても、ティナはこちらに戻ってはこない。こちらの勝利にはならないのだ。
加えて、今のこの状況で、こちらが自身に勝てる筈が無いと、思っているのだろう。
「…く、そ…」
そしてそれはきっと正しい。
果たして今、この状況下で、自分達がケフカに勝てるものかどうか…。
…そしてティナは…。
どくん。
ケフカは嗤う。
例え自身が傷つけられても、こちらが、世界が、傷つけば奴は満足なのだ。
生半可なことでは、ケフカは止まらない。
生半可なことでは、ティナは戻らない。
ジタンは、吠える心臓から、胸から、手を放した。
安否の判らない仲間。
傷付き、倒れた仲間。
仲間を助ける為足掻く仲間。
ケフカの哄笑とティナの咆哮。
炎に巻かれた大地に、荒れ狂う砂嵐。
ティナの、制御の無い魔力で起きた幾つもの竜巻。
ティナが壊そうと猛る、ティナの世界。
ケフカの衣に良く似た色の、赤い空。
赤い空。
赤い空。
…赤い空。

どくん。

心臓が猛る。
踊る。
吠える。
…破裂する。
ジタンは地面に付いていた手の爪を、地面に突き立てた。
胸から離した手を振り上げ、地面に叩きつけて爪を立てる。
焦りと怒りで、叫んだ筈のケフカの名は、獣の咆哮になった。
身体から吹き出した形容しようのない力が、ジタンの衣をちぎって吹き飛ばした。
猛烈な速度で、腹の傷が塞がってゆく。
髪が赤色に変化して伸び、硬質化して髪の先が宙を指す。
全身に赤色の毛が現れる。
特に下肢と、肩から胸にかけてが顕著だった。
手が、足が、人のそれよりも大きく広がる。
指が伸び、爪が攻撃的に伸びて突き立てていた大地に罅を入れた。
尾が太く、長くなり、毛が伸びて硬質化する。
…危機を感じたか。
弱った者から先に叩こうとしたのだろう、ティナが光球を生み出し、ティーダの抱えるバッツとスコールに放った。
ジタンは、ティナが光球を放った後に下肢で大地を蹴り、ティーダの前に出る。
…それで…間に合った。
放たれた光球を、利手の甲で振り払う。
弾かれた光球は空中のケフカへ向かい、弾かれた故にケフカの魔法障壁を貫通し…直撃した。
予測出来なかったか。
ケフカは胸にまともに喰らい、甲高い悲鳴を上げて、赤い空へ弾き飛ばされた。
「何…だって…?」
立ち直ったケフカの胸元は、衣が焼け落ち、その奥の肉が焼け爛れていた。
表情が酷く歪んだ驚愕に変わっている。
…ジタンには見えていた。
先程、自分はおろか、ウォーリアにも見えなかった、ティナが光球を放つ動作が。
ティナの放った光球の軌跡が。
そして、光球が見えた瞬間に弾き飛ばされるしかなかった、その対応出来ない発射の瞬間が。
「人の時」には見えなかった。
「人の時」には対応出来なかった。
…全て「人の時」の話だ。今の自分なら、発射された後に動いても対応出来ると判っていた。
「ジタンまで…何なんだよ?!」
背後で、混乱し、喚くティーダ。
振り返らず、ジタンは言った。
「落ち着いてくれ、ティーダ」
「…え?」
ケフカが哄笑を止めていることが、少し気分を良くする。
「俺は大丈夫だよ」
そのまま浮かび上がった。
「人の時」には出来ない浮遊も、今は簡単に出来る。
それも少し、気分が良い。
「俺さぁ、ケフカ」
ケフカと同じ高度まで上がると、ティナから視線を外さずに、ジタンは言った。
「クジャと兄弟みたいな関係なんだよ」
クジャのことは知ってんだろ? と、肩を竦める。
「星1つぶっ壊す為の試作品がクジャ。俺はその完成体なんだよな」
完全に自制が外れれば、星1つ、破壊出来る力を持つ生物。
クジャは試作品にして、星を1つ、本当に破壊してみせた。
それと同じ力が、自分にもあるのだ、と。
「まぁ、やりたくないし、やろうとも思わない…っつか、人として育っちまってる所為で、良心っつー鍵が掛かってる訳なんだけど」
しかし、平静な時であれば、ある程度自分の力を操作して、獣になったりならなかったり出来るティナとは違い…。
「俺、感情の高ぶりで獣になっちまう。自分じゃ制御出来ねぇんだよ」
だから…。
「…俺をあんまり怒らせんな」
ティナは、自身の攻撃をジタンが弾いた時点で、ジタンを最大の敵と認識した。
両腕を振り上げ、振り下ろして空気の刃を向けてくる。
ジタンは全てケフカの方へと弾いて飛ばした。
乱れて飛ばされたその刃を、ケフカはやっと、しかし胸を焼かれたままのその身で、全て避けてみせる。
そうして、先程までの甲高い哄笑とは一転、怖気を呼ぶ低く捻れた声を出してきた。
首が人形に似た深い傾き方をし、空中で、前屈みになった姿勢で、四肢がだらりと地面を差している。
片目は細められ、逆の片目は円形に見開かれていた。
裂けた口を開いて、ジタンに言った言葉は、呪咀。
それが、癇に触った。
勢いよく振り上げた腕は、それだけで空気の刃を生み、ケフカの衣の端を裂き吹き散らして、その向こうの竜巻をも1つ、裂いて散らした。
「煩ぇさっさと消えろ! 消し飛ばすぞ!」
…ケフカは赤い残像を残して消えた。
ジタンは叫んだ直後、利手で己の口を押さえる。
…やっべ…。力に踊らされそうになった…。
強い力を持ったなら、それと同等の強い心が必要だ。
力の使い方を見極め、制御し、押さえ込めるだけの強さが。
以前、誰かがそう言っていた。
自分も、そう思った。
そして自分が、持っている力に対して制御する為の心の強さを持ち合わせているのかどうか、自信が無いことも自覚していた。
だがしかし、今は自信が無い等と言っている場合ではない。
自信が有ろうが無かろうが、制御しなければならない。
ティナを、ケフカに煽られて自分に怯えてしまった哀れな獣を、人に戻してやらねばならない。
大地を破壊する力を、星を破壊する力で制圧する。
しかし乱暴にならぬよう…。
あくまで、宥めるよう…。
…ジタンはちらりと地上を見た。
皆、1つ所に集まっていた。
ティーダとウォーリアが、動けない4人を介抱している。
そのウォーリアが。
ふと、こちらを見上げて来た。
1つ。頷いてくる。
――頼む。
「…任せな」
ジタンも頷いて返した。
改めて、視線を上げる。
目の前に浮かぶのは、薄赤色の獣。
四肢は長くたおやか。
体付きは華奢にて。
吹き出す無尽蔵の魔力によって、大地は燃え、砂嵐が起こり、空は竜巻に裂かれる。
強大な、魔力の化身。
対するのは、赤い空に浮かぶ赤色の、小さくて、しかし絶大な力の具現。
「なんつー綺麗なレディだい。エスコートのし甲斐があるってもんだぜ」
…待ってな、ティナちゃん。大丈夫だからな。
赤い空。
うねる竜巻。
赤い炎に焼かれた大地。
数多の獣から集うが故の名を、その大地は名付けられた。
――獣ケ原。その上空で。
赤い空を背景に、今、2頭の獣が咆哮を上げる。





リクエストありがとうございました!
ご希望に添ったものが書けているか解りませんが、少しでもお気に召して頂ければ幸いです。宜しければどうぞお持ち下さい。

リクエスト主様へ。精一杯の感謝を込めて。


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