手合わせ2 | ナノ



恐らくウォーリアは、顔に水を打つ際の自分の手の、長く剣を持ってきた硬い掌の様相を見て、拳士の手は如何様なのか、と思ったのだろう。
そしてその拳士から派生して、剣を持つ戦士が素手では如何程戦えるのか、と思い立ち、近くに居たセシルと、素手での手合せを…という思考に流れていったのであろう。
…推測な上、今となってはどうでも良い話だ。
野営地に戻ったセシルは、夜着のまま身体を解しつつ、そう考えた。
少し離れた場所で、ウォーリアも同じ様に手足を伸ばしている。
幾分高くなった太陽が野営地に差し込み、露を乗せた木々の葉に当たっていた。
…きらきらと、少し、眩しい。
セシルとウォーリアの2人を丁度良く見られる程に離れた位置では、クラウドが消えかけた焚き火をのんびりと起こし直しながら、面白そうな様子で2人を見ていた。
1人、2人と、起き出してきた仲間達とクラウドとの会話がぽつり、ぽつりと聞こえてくる。
「何をしてるんだ、あの2人は?」
「これから朝食前の運動がてら、素手で手合せだそうだ」
「マジで!?」
…とかなんとか。
通常、秩序の陣の朝は、起きだして来た者から、狩りや炊き出しを始めるものなのだが、横目で見ている限り、今日は皆、動きだしそうにない。
…実質、見せ物状態ではある。
が、嫌な気持ちは無い。
自分だって、仲間の手合せを良く見るのだ。そこから得られるものは多々ある。
それに…多少…珍しい手合せであることも否定はしない。
例えばこれが、ウォーリアと自分でなくて、ウォーリアとクラウドの素手での手合せだったら、多分、見逃したら自分は酷く悔しがるだろう。
ティナとバッツの剣のみでの手合せも、手合せの種類としては珍しい。
ああ、ティーダとジタンの足技のみでの手合せも面白いかもしれない。
あれ…足技で手合わせという言い方は、間違ってはいないのだろうが、何だか妙な気がする…。
「気が散っているか」
ふと。
取り留めの無いことを考えていたセシルの耳に、含み笑いと思しき声色の揶揄が掛かって。
セシルは思考を切り、膝の曲げ伸ばしをしていた為に丸めていた背中を伸ばして体勢を戻し、声のした方を見た。
まだ辺りには薄く靄が掛かっていて。
その靄に日光が光の筋を描いている。
その光の筋の向こう側に。
ウォーリアは居て。
こちらを向いて、僅か。首を傾けていた。
笑っているのだろう。
「意識が散漫で、私に勝てるか?」
「まさか」
セシルは肩を竦めて応えた。
「手合せが始まっても違うことを考えるなんて、器用なことは出来ませんよ」
「ふふ…そう願う」
…慣れない手合せであるからだろうか。
緊張する。
…が。
少し…楽しい。
「規定は?」
「無し。武器を持たなければ良い」
手合せ前の、簡単なルールを短く確認し合う。
「攻撃を禁止する部位は」
「無し」
念の為、尋ねた言葉へのウォーリアの返答に、セシルは少し驚いた。
ウォーリアは目に見えて笑った。
それは彼にしては珍しい、愉しげな笑みだった。
「剣を持たない手合せは、私は実は初めてでな」
言いながら、セシルに対し、左肩を向けてその左肩をやや下げる。
「君の喉に私の拳は届くだろうか。…それを、知りたい」
それを聞いて。
始め、セシルは少々呆気に取られていた。
が、その言葉の意味を理解するなり、笑みが込み上げてきて。
それは、見るものに嫌悪を感じさせない類のものではあったのだが、通常の彼の笑みとは違う、好戦的な笑みだった。
「さて、どうでしょう」
言って、セシルは両手をだらりと下げて利足ではない方の足を少しだけ浮かせた。
「僕の方こそ」
と、セシルは言う。
「僕の攻撃の手は、貴方の喉に届くでしょうか」
「届くかもしれないな」
ウォーリアは応えた。
そう応えて、笑っていた。
笑いながら、ウォーリアは言う。
簡単に触れさせる気はないがな、と。
言われてやはり、セシルは笑った。
…愉しい。
愉しい。
「クラウド、開始の合図を頼む」
ウォーリアがセシルから目を離さずに言えば、クラウドが了解を示して片手をひらりと振った。
「…珍しい組みではあるんだが」
見ていても面白いものなのか。
恐らく面白いのだろう。クラウドがこちらへ向かって、やや楽しそうな声色で言ってくる。
「あまり馴染みがない組みだからこそ、2人共、無茶苦茶をして大変な怪我なんかするなよ? …始め」
…瞬間。
セシルが利足で地を蹴った。
重い武具を着けていない所為か、身体が軽くて。
それが何だか、気分が良い。
飛び出しで、1歩。
加速で、2歩。
更なる加速と前方への跳躍で3歩目。
3歩でウォーリアに迫ると、笑っていたウォーリアの表情が一転し、驚いた様に、僅か。目を見開いてきた。
それも少し…少しだけ…。
気分が良い。
「早い…!」
…何ていう鋭い呟きが横合いから聞こえたが、果たして誰のものだったか。
ひゅ!
…と。
セシルが鋭く息を吐き出して、右手でウォーリアの左肩口を狙えば、ウォーリアの左肘が曲がって肘の先の腕が上がり、突き出した右腕の手首と肘の間、丁度中程の辺りに手の甲を当てられて右に流された。
…が、そんなことは予想の範疇内である。
腕を右に逸らされた反動で身体がやや右に傾いたセシルの腹を狙おうと、ウォーリアの右腕が上がり掛かる。
それよりも僅かに早く。
セシルは左腕を身体が流された右側へと上げ、自分の右腕を流す為に左腕を上げて空いていたウォーリアの左脇を、右から左への凪ぎ払いで狙った。
看過出来ない攻撃と見たか。
ウォーリアは右腕の攻撃を即座に防御に切り替え、凪いだセシルの左腕を、今度は左…ウォーリアから見て右に払った。
前面が空く為、これ以上の攻撃は不利と見たか。
セシルは地を蹴ってウォーリアから間を取った。
…。
…ウォーリアは、追って来なかった。
双方、詰めていた息を吐く。
「反応が早い…やっぱり簡単には届きませんね」
ふふ、と、体勢を立て直したセシルが笑えば。
ウォーリアも体勢を直して真直ぐにセシルを見た。
「言ったろう。簡単に触れさせる気は無い、と」
君こそ、と、ウォーリアはセシルに言う。
「私よりも身のこなしは素早いとは思っていたが…しかし随分早いな」
セシルは肩を竦めて見せた。
「早くても、当たらなければ意味は無いでしょう?」
それはそうだ、と、ウォーリアは僅かに笑った。
そうして再び。左肩を前に出してやや下げた。
「…来い」
言われるまでもなく。
セシルはウォーリアに向かって、再び地を蹴った。
今度は前方への跳躍をせず、地を蹴ってウォーリアに迫る。
セシルの出方を伺って、目を離さないウォーリアの懐に飛び込むまで、後1歩というところで、セシルは突然身を低くした。
そのままウォーリアの右脇を1歩。
通り過ぎた所で片足裏で速度を急激に殺してウォーリアに向き直る。
…下草の生えた地面が、足裏に抉られて地肌が見えた。
ほんの一瞬だけ、その目眩ましに反応出来なかったウォーリアだったが、セシルがウォーリアに振り向いて構えた時には既に、ウォーリアもセシルに振り返っていた。
速度を殺した足とは反対の足で、姿勢を低く保ったまま大きく踏み出したセシルは、今度はウォーリアの腰を狙って、踏み出した反対側の腕の拳を突き出した。
その拳を狙い、ウォーリアは膝を上げ蹴りを入れようとする。
…指の骨は膝の骨と比べてしまえば、細く脆い。
ましてや、力の強いウォーリアの放つ蹴りだ。
危険とみたか。
セシルは即座に拳を開いて防御に回った。
…蹴りの力が強く、押される。
更に膝が上がり…胸を狙っていると解った時点で、セシルはその膝の勢いに身体を乗せて上体を反らし…後ろへ曲げ…後転する様を見せた。
…当然。腹が開く。
それを逃さない手は無いと思ったか、追撃をせんと拳を握った腕を引き絞り、セシルに迫るウォーリア。
…が。
「…くっ!?」
次の瞬間、背筋に寒気を覚えたように顔を引きつらせ、身を引いて顎を反らした。
その、僅か1秒にも満たない過去に、ウォーリアの顎があったその空間を、下から上がってきたセシルの爪先が正確に蹴り上げていた。
蹴り上げに流され、ウォーリアの髪が宙に散る。
爪先がウォーリアを向いている状態にも関わらず、しなるように背中を逆側に丸めたセシルの頭は、肘を曲げた逆立ちの要領でウォーリアの足、丁度、蹴り上げの軸にした足の、膝の高さにあってウォーリアを見上げていた。
ウォーリアからすれば、無理と思しき体勢のセシルの下からの視線と。
蹴り上げから上体を反らして逃れ、相手を確認しようとして下げたウォーリアの視線が。
一瞬、合い。
視線が合ったまま、ウォーリアは1歩後ろへ、セシルは両腕で後ろを跳躍して。
再び。
2人の間は離れた。


「クラウド〜、解説して」
やや離れた場所で。
最早手合せを行う2人以外の全員が、見物を決め込む体となっていた。
そんな中。
見ていても良く解らなかったのか、ティーダが焦れたようにクラウドに言っている。
クラウドは面白そうに膝に頬杖を付いて見ていたが、ふと、ティーダの方を見た。
「解説?」
「そ。何か、見てても良く分かんないっス」
そう言うティーダを、クラウドは何か考えるように暫く見ていたが、ふと、つい、と視線を逸らした。
クラウドの視線の先に居たのはスコール。
スコールも、眉間に皺を寄せて2人の手合せを見ていたが、クラウドの視線に気付いたか、ややあって、クラウドに振り向いた。
クラウドは言う。
「スコール。鍛練の一環だ。パス」
「…了解」
「ああー! 2人共、今絶対めんどくさいって思った!」
「煩い。2人の気を散らすな」
言って、スコールは再び2人に視線を戻す。
そうして、何を言っているか解らなければ言え、と前置いて、腕を組んだ。
…スコールの視線の先では、朝日の中、ウォーリアは相手の出方を、セシルは攻め掛け方を伺って、2人は暫し間を置いていた。
「…セシルは、動作は早いが攻撃は軽い。だから先手を取って数を打つ。ジタンやオニオンと同じだ。これは解るか」
うっす…。と、ティーダは応えた。
スコールは続ける。
「対して、ウォーリアは元が重装だから、装備を外したとしてもあまり早くはない。…だが1撃が重く反応は早い。だから素早い相手に対しては後手に回って出方を伺う」
これは、クラウドやフリオニール、俺と同じだ、と。
そう言うスコールに、ティーダは首を傾けて言った。
「セシルが待ちに回ったら、ウォーリアから仕掛ける?」
「無いな」
ティーダの問いに、スコールは即答した。
「ウォーリアは、こういった手合せの際には、自分より早い相手に対して先に仕掛けたりしない。双方が待ちに回れば持久力、体力、精神力、胆力勝負になるが、これはウォーリア相手では、ハナからセシルの分が悪い」
それを解ってるから、待ちがウォーリアの戦法と解っていても、仕掛けるのはセシルからなんだ、と、スコールは言う。
「ん〜…」
ティーダは唸って首を傾けた。
そのティーダの視線の先では、攻め手を思いついたか、セシルが若干体勢を落として構え、ウォーリアがそれに対して構えを取っていた。
「…どうした」
「それってさ。どう頑張っても結局セシル負けるんじゃないっスか?」
「何故?」
「だって持久力がウォーリアより無いんだろ? その割にセシルのが動いてる気がするし」
「そんなことはセシルだって自覚してるだろうさ」
言って、スコールは溜息ではない息を吐いた。
そうして、言った。
「セシルは…一見無駄な動きが多い様に見えるが…その実、重心移動に無駄が無く隙が無い。体力配分も心得てるから、あれで動きを最小限に止めている。…加えて、ウォーリアよりは遥かに身体が柔軟だから、ウォーリアとしては手が読み辛くて疲れるんだ」
「じゃあ、セシルが勝つ?」
「…どうだろうな」
スコールは首を振った。
「ウォーリアは…セシルの戦法と自分の特性を完全に理解している。だから、わざと繰り出す1撃を重いものにして、短期決戦に持ち込もうとしているんだ。いくらセシルが早くても、ウォーリアが1撃当ててしまえば機動力は半端無く落ちるだろうしな」
「あ…」
ティーダが、気が付いたような声を上げた。
「セシルって、それに気付いてるから、ヒットアンドアウェイ?」
「そういうことだ」
ヒットしてないがな、と、スコールは言って、それ以降、ティーダとの会話を切り、手合せをする2人へと視線を投げた。
丁度、セシルがウォーリアへ向かって駆け出すところだった。






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