16 | ナノ

熱を感じないことが不自然に思える程の、苛烈な月光が二人を捕らえた。
『ウォーリア』の立っている岩柱に向けて、『ウォーリア』が剣を振り下ろす。
岩柱が盛大に破裂した。
破砕した、それでも大きな岩が2人を追い、打ち…。突き飛ばした、或いは飛び出したその距離よりも遠くに打ち出され、地面に叩きつけられた。
ジタンは地面を3度バウンドして仰向けに倒れ、止まった。
…身体の内側で、何処かが折れた音がした。
身体が痛くて丸まりたいのに、身体は仰向けになったまま動いてくれない。
見渡す限りの夜空。
酷く冷たく感じる空気。
視界の端に映る、直視出来ない光量の月。
触れられそうな程に濃い月光で、押し潰されてしまいそうで。
治まっていた筈の血が、身体の奥から再び喉にせり上がってきて。
しかし身体は仰向けのまま。
吐き散らす力も無くて。
ジタンは顔だけを横に向けた。
口内に溢れた血液が口の端から流れ出る。
全てを吐き出すことができない。
喉が塞がり、呼吸が出来なくなった。
目の前が一瞬で暗くなる。
「ジタン!」
闇の中で、オニオンの悲鳴を聞いた。
…と、目の前に光が戻る。
地面が見えた。
自分が吐き出した血が広がっていた。
オニオンが自分の腹を抱え、引き上げ、喉に詰まった血を吐き出させてくれていたのだと、遅れて理解した。
…なんで。と、思った。
なんで助けんの? と。
自分が仲間を助ける理由なら解っている。
自分のことなのだから。
役に立ちたい気持ち…裏返せば劣等感、肥大した自己顕示欲と自己卑下と。
…もしかしたら、軽い自殺願望もあったのかもしれない。
閉ざされたこんな世界で。
仲間以外誰もいなくて。
でも仲間は好きだから。
こんな、創られた生命の自分が、気に入って、好いて、役に立ちたいと思った仲間を生かす為に、仲間の為に死ねたのなら。
…けれど、その仲間である、この年下の赤い騎士は?
そして年上の、自分の所為で自分より傷ついてしまった、あの白い騎士は?
なんで俺を助ける?
なんで助けようとする?
「…オ…、ニオ…、…」
「何なんだよあいつ?!」
ジタンの意識が戻った事を確認すると、オニオンはそう言いながらジタンを引きずって、吐血した場所から離れた所にジタンを下ろした。
「オニオ…ン」
「ジタン、喋っちゃ駄目だよ!」
「…オ、ニ、オン、…あいつ…は、」
「駄目だったら!」
「に、逃げ、ろ…」
ジタンの必死の声に、オニオンの眉が釣り上がる。
「まだそんなこと言って!」
ジタンはその言葉には反応しなかった。
もし、オニオンがセシルと同じような傷を負ったら?
言えばオニオンは嫌がるかもしれないが、子供と大人では、体力の差が歴然としている。
多分…オニオンでは保たない。と。
そんな恐怖で胸を締め付けられて。
…そうだよ。
と、続けてジタンは思った。
体力差なんて始めから解ってた筈じゃないか。
何で俺は意地なんか張ったんだ!
「だっ駄目なんだオニオン…! そいつは駄目だ!」
地に伏した状態から、辛うじて上半身だけを起こした。
…左肩に酷い痛みが生まれ、吐き気がした。
…鎖骨を折ったんだ、と、頭の隅で理解した。
上半身を起こして見上げたオニオンは、剣を抜き、ジタンを庇う形で、『ウォーリア』と向かいあっていた。
その姿が。
つい先程、星の体内で自分を庇い、『ウォーリア』の赤い剣に貫かれたセシルと重なって。
ジタンは悲鳴を上げた。
必死でオニオンを止めようと叫ぶ。
「オニオン! そいつと戦うんじゃねぇっ! そいつはっ…」
呼吸が詰まる。心臓が不規則に脈打って苦しい。
「ジタン、喋っちゃ駄目だったら! 強化型なのは見れば判るよ!」
「そいつはっ!」
上半身を支える腕が、自重に耐え切れず震える。
「そいつっ! セシルをズタズタにしやがった奴だ!」
オニオンの身体が跳ねた。
顔を見なくても動揺が伝わってくる。
悟ったのだ。自分では勝てないと。
…それでも。
オニオンは逃げなかった。
剣を構え、ジタンを背に庇ったまま、動かない。
『ウォーリア』が剣を下段から、地面を舐めるようになぞり、跳ね上げた。
「―――――!!」
ジタンは叫んだ。何と叫んだのかは自分でも判らなかった。
オニオンが吹き上がる光の波に向けて赤い光を何度も放つ…が、相殺出来ずに。
赤い小さな身体が跳ね上げられ宙に舞った。
セシルと同じように、受け身を取ることも出来ず。
ジタンの目の前で、自分よりも小さなその身体が地面に叩きつけられた。
ばぐん、と。
何処かが折れた音が聞こえた。
オニオンはそれでも立ち上がって、『ウォーリア』と向かいあった。
ジタンの熱を確かめる為に手甲を外して、そのままになっていた腕が、吹き上がる光に焼かれて赤く爛れていた。





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