10 | ナノ

言葉は途中で悲鳴…否、絶叫に代わった。
ジタンは危険を叫ぼうとはしていた。
だが間に合わなかった。
上昇する途中にあった小さな足場。
そこに『フリオニール』が居た。
否。居た、というよりは、あった、と言う方が近い。
セシルは両足を砕いた、と言っていたが、実際には腰から下が無く…。
『それ』が、小さな足場の縁に背中辺りで引っ掛かって奇妙に揺れていた。
その姿が。
恐らくホームに居るであろう仲間の姿と重なる。仲間の腰から下が無くなって…。
こんな世界だ。優しくない、彼らに対して、全く優しくない世界だ。あり得ない話、と、断定することが出来ない。
重傷の身で弱くなった精神が見せた幻が、ジタンの反応を鈍らせた。
『ウォーリア』が放った火炎を、セシルは避けた。
同時に、『フリオニール』が氷の塊を放つ。
氷は、セシルの上昇軌道から少し外れて居た。
『フリオニール』の身体が、宙にぶらさがったままで、不安定だったからだろうか。
だが。
再び『ウォーリア』が放った火炎が氷塊を追った。
火炎は初めからジタン達を狙ってはいなかった。
火炎は氷塊を追い…追い付き…宙でぶつかって双方の軌道がずれる。
軌道を変えられた氷は再びジタン達を追い…。
氷塊の鋭い切っ先が、セシルの背を擦り、装甲の無い肉を抉っていた。
上昇速度が急激に落ちる。
ジタンを支えていたセシルの両腕から力が抜け…落下が始まる一瞬の静止。その刹那。
今度は『ウォーリア』の火炎が、ジタンの脇腹を掠めていた。
傷を負い、血を流していた部位に、灼熱。
肉が焼け、血の焦げる、吐き気をもよおす強烈な臭い。
…悲鳴を上げることも出来なかった。
落ちる…。そう思った瞬間、力の抜けていたセシルの腕に再び力が戻り、上昇が開始される。
刹那の出来事だった為か、余り体勢が変わっていないのが幸いだった。
…幸いだっただろうか…。
ジタンは、目の前に黒い斑点が浮かぶのを、ぼんやりと眺めていた。
火に投げ入れた、広げたままの紙が燃えていく様子に良く似ていた。
セシルの背に回していたジタンの片腕が、徐々に力を失い、ゆっくりとずりおちてゆく…。
「駄目だジタン!!」
はっとした。
それは悲鳴だった。
「死んだら許さない!」
目の前の斑点が消えてゆく。
許されないのは…嫌だ…と。
弱くなった精神が、逆にジタンの命を繋ぎ止めた。
星の体内を飛び出す。
大地に穿たれた巨大な穴は、その縁が穴を囲む山脈の様に、凄まじい高度に盛り上がっていた。
その縁を、イミテーションが数体、無目的に佇んでいる。
…その表情の無い顔が。
一斉にこちらを向いた。
…ざわり。と。
全身が総毛だった。
反撃は疎か、攻撃も出来ず、自力では逃げることも適わない身では、普段なら敵ではないそれらでさえ恐ろしい。
ましてこんな状況だ。
自分が攻撃されるのも恐ろしいが、セシルが攻撃されることの方が恐ろしい。
自分が逃げる手段が無くなるのが恐いのではない。
この状況を招いたのは自分なのだ。
自分の所為で、仲間が傷付くことが恐ろしい。
しかも、どう軽く見積もっても、明らかに重傷の身体に。
セシルは飛び出した速度を緩めず、切り立った山脈を滑るようにして下っていった。
今迄、目的無く佇んでいるだけだったイミテーションが、攻撃対象という目的を見付けて、統率無く、しかし一斉にこちらを追い始める。
遅れて、全身の至るところが砕けた『ウォーリア』がこちらを追ってきた。
「済まない…」
セシルの呟きが聞こえた。
「済まない…。ジタン…こんな、ことに…なって」
僕がもっと強ければ、君にこんな怪我なんてさせなかったのに。
未熟者で済まない。
痛いだろう、怪我をさせてごめん。
乾いた血がこびりついたジタンの頬に、再び涙が流れて赤い筋になった。
「お前、はっ! 全然っ悪くないだろっ!」
悪いのは、俺なのに。
セシルは何も言わなかった。
走るよりも速い速度で滑る様に山脈を下る。
山脈の下り坂は、途中で濃い霧が掛かったように、不自然にぼやけて途切れていた。
セシルは構わずに霧に飛び込む。
一瞬、身体や聴覚に違和感を覚えるが、それらは直ぐに去った。
視界が開けて先ず見えたのは、一面の闇だった。
次いで感じられたのは、湿気を含んだ寒さ。
セシルの肩越しに、細い階段が遥か上へと伸びているのが見える。
闇の世界…と、ジタンは遅れて思い出した。
階段は、途中から周りの空気ごと不自然に歪んでいた。
その歪みから、猛烈な速度でセシルは離れていく。
間を置かず、その歪みからイミテーションの群れが、ジタン達を追い、姿を現した。
狭い階段だからだろう。
一列に並んで駆け降りてくる敵の姿は滑稽だったが、同時に水晶の様な姿で全く表情を変えず、滑稽さを歯牙にも掛けずにただこちらを追う姿に、寒気がした。





長編TOP

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -