9 | ナノ

痛みをやり過ごすのには、相当苦労した。
先程よりも更に擦れたセシルの声に、直ぐには応えられない。
ようやっと、声が出せるようになった頃には、もう星の体内の最深部は見えなくなっていた。
「平…気。それより…どう…した?」
いきなり高度が下がったことを、ジタンは問う。
セシルは答えた。
「…ジタン…痛、くて、どうしようもないなら…、仕方無いけ…れど、…出、来、るだけ…動かないで」
「?…何で…?」
セシルは苦笑した。
「肋骨…相当…本、数がイッてるから…流石に効く…」
ジタンは絶句して硬直した。
おま…そんな状態で俺抱えて飛ぶとか…死ぬだろ?!
「…硬直、しなくても…大丈夫、だよ…」
身体に力入れたら痛いだろ? 動かないでくれればそれでいいんだ。と。
ジタンは、動かないで、との言葉に首を振ることも出来ずに、先程と同じ言葉をもう一度口にする。
「…っだから! お、前だってっ、辛、いだろ?! 置いて…行けって! か、隠れ、て、待ってる、からっ!」
「却下」
必死の叫びは、すげなく断られた。
「…生きて…連れて帰る、と…言ったもの…」
そして、それについては、さっきはありがとう。とも。
「…へ…?」
我ながら、泣きそうな声だったと思う。
「さっき…下、で…倒れていた時…必死で、僕を…呼んで、くれ…ただろ?」
だから動けた、と。
あのままジタンを攻撃させてしまっていたら、嘘を言ったことになっていた。
生きて連れて帰ると言ったから。
だから、生きていてくれて、しかも気を失っていた僕を起こしてくれて、ありがとう。と。
…生きて…。
…生きているだけで感謝されたことなんて無かった…。
寧ろ自分が代わりに死ぬから、他の人に生きていて欲しかった。
存在の肯定。全く慣れていないその感覚は、ジタンの感情を容易に揺さ振った。
頭に熱が上がり、涙が溢れる。
…ごめん。と。
ジタンは繰返し始めた。
ごめん…俺の所為で…。
「…セ、シル…」
「ん?」
傷を負い、異常な熱を持った身体で、それでも、生きて、連れて帰ると言ってくれた。
…生、きて…。
「…」
何て…言っていいか、解んねぇんだよ…っ!
「死なないよ」
凛、と。沈黙したジタンに応えがあった。
死んでしまったら、君を護れない。
護る。その言葉。
普段、自分が使っている言葉と、同じ音なのに、違った意味に聞こえた。
もう何だか訳が解らない。どんな顔をすべきなのかさえ解らなくなって、歪に引き歪んだ笑みを浮かべたジタンに、安心させるように、セシルが笑い掛けた。
…その笑顔が、瞬時に引き攣れる。
「っく!?」
セシルが身を翻した直ぐ側を、光の色をした波動が噴き上がった。
セシルが星の体内の出口へ向けて、飛行速度を上げる。
セシルの肩越しに下方が見えた。

『ウォーリア』

ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
自分の呼吸の音だった。
セシルの呟きが聞こえる。
「…流石に…。魔法で、逃げられない…のに、身一つで…逃げられる訳…ない…か…」
『ウォーリア』が剣を横に払った。
セシルは飛んで来た火炎を避けた。
身を翻す度に、セシルの顔が引き歪む。
俺とおんなじじゃんか…。痛みに…堪えられねぇんだ。
それでも、極力ジタンの身体は固定させて…揺れないように…痛まないように…。
ばっかじゃねぇの…自分が辛い時に…他人のこと…。
そこまで考えて、ジタンは不意に、それが普段の自分と同じ姿であることに気付いた。
「…う…ぁ…ぁ…」
感じたのは、恐怖だった。
理由の解らない、底知れない恐怖だった。
『ウォーリア』に対してではない。ましてや、セシルでもない。
原因も、向けられた方向も解らない恐怖。
しかし、ジタンがそれの正体を理解出来るまで、状況は待ってはくれなかった。
矢継ぎ早に『ウォーリア』から繰り出される火炎を、光の噴火を避けながら、見え始めた出口に向かい、セシルは一直線に上昇し続ける。
速度は既に、通常セシルが走る速度を超えていた。
「ばっ…無茶だ…!」
無視をされた。
『ウォーリア』は、無表情のまま追ってくる。
…ふと気付いた。『フリオニール』が居ない。
…悪寒が…した…。
「『フリオニール』、は…?」
ジタンは恐る恐る問う。
セシルは、今度はきちんと答えてくれた。
「解らない」
ジタンは一瞬呆けた。
「わか…え?」
「…動けない…とは、思う。両足…を、砕いたから…。」
でも倒せてはいない。と、セシルは言った。
足を砕いても全身は砕けなかった。相手は痛みを感じない身体だから、そんな身体でも攻撃は止まなかった。
でも。
そう言ったところで、セシルは何度目かの火炎を避けた。
「デジョン、に、落としたから…多分、この…エリアのどこかに――」





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