7 | ナノ

ぴちゃ…。

粘性のある、水の音。

ジタンは全身の激痛に逆らい続けた。
ようやっと、水音のする方へ視線が届くだけ首が動く。
先ず始めに目に映ったのは、地面に頬を着けたジタンと視線の高さが同じ場所にある、湾曲した歪な椀だった。
椀は、足場の縁にある、妙な高台、その内の1つの手前にあって。
縁が不揃いで、割れた様に鋭い。
それが白姿のセシルの、割れた肩鎧だと気付くのに数秒掛かった。
ぴちゃ。と。
上から何かが滴って、肩鎧の中に落ち、水音がした。
滴ったものの軌道に合わせて視線を上げる。
指があった。色の無い指が。
宙に投げ出された指から、滴って音を出していたのは、命色をした液体。
ジタンの心拍数が跳ね上がった。
失う恐怖で、呼吸が乱れる。
指に添い、視線を移動させていく。
傷付いた腕、肩鎧が砕けて剥き出しの、赤く汚れた二の腕と肩。
隣に、伏して動かず、表情の解らない銀糸の塊。
ひゅう…と。
ジタンの喉が鳴る。その時。
視界に入っていた肩がひくりと痙攣した。
…生きてる?
「っセシル!」
ジタンは、今出せる最大の音量で声を出した。
全身の激痛。ごぼり、と胸が鳴り、喉が込み上げてきた血で詰まる。
吐き出しても、また激痛。楽になれない。
それでもジタンは叫んだ。
「セシル!!」
ひくり。指先が動いた。
…大丈夫。生きてる。
安堵したジタンが、もう一度叫ぼうと口を開いた時、それは見えた。
銀糸の塊…セシルの頭の横に、水晶光沢の…足。
ジタンは、口を開いたまま硬直した。
見えた足に沿い、ゆっくりと視線を上げる。
『それ』は、至るところが砕けていた。
片足の太股の外側、腰鎧、脇腹、左腕は、肘から下が無く、同じ左側の髪と、特徴的な兜の角が割れていた。
今正に、振り下ろそうとしていたのだろうか。
振り上げられていた右腕、その先の手に握られていた剣は、片側が酷く不揃いになっていた。
しかし、それは表情を変えることなく、高台の上、倒れたセシルを見下ろして立っていた。
…立っていた。

『ウォーリア』

「っ止めろ馬鹿! その剣降ろせよ!」
地に伏し、頬を地面に着けたままで。
怒りの叫びにしても、それは情けない図であったことだろう。
…しかし『ウォーリア』は、ぴくりとも表情を変えなかった。
顔の向きをセシルからジタンに移し、剣を降ろす。
そして高台を降り…それはジタンへと歩み寄った。
安堵と共に沸き上がって来たのは、恐怖だった。
仲間への凶刃は取り除けた。
しかし、それが今度は自分へ向けられた。
生きているからこそ、感じてしまう死への恐怖。
自己顕示と矛盾するその感情は、伏して抵抗が出来ない状況下で肥大した。
「や…め…来んなよ…」
『ウォーリア』は、獲物が逃げることは無いと解っているのだろうか。走り寄るようなことはしなかった。
ただ、視線をジタンに固定して、歩み寄ってきた。
「来んな…って…や…めろっ…!」
『ウォーリア』が、自分の直ぐ近くまで来て、足を止める。
…ジタンの心に、ふと、恐怖とは別の不安が生まれた。
…俺がこのまま殺されたら、セシルは?
セシルも動けない状態であることに変わりは無い。 そして、『ウォーリア』も、セシルが生きていることを知っているのだ。
…これじゃ…ただ順番が替わっただけじゃんか…!
自己顕示が、恐怖を上回った。
…否。
それは果たして、自己顕示欲だったのだろうか。
「っセシル、起きろ!」
『ウォーリア』が、剣を振り上げるのを、視界の端に捉えてはいた。
最早恐怖は無かった。
ジタンはただ、間に合わなくなることを恐れ、焦っていた。
全身の激痛も、もう関係無かった。
…クジャなんて、他の仲間だって倒せる。俺より強い奴なんて、沢山いるじゃんか。
…だから…。
「逃げろ! 逃げてくれ!」
『ウォーリア』の剣が、振りかぶる最も高い位置で止まった。
「セシル!」
銀糸の塊…セシルの頭が動き、呼び掛けたジタンの方へ向けられた。
痛みで歪んだ表情は、今正に剣を振り上げている『ウォーリア』と、その下のジタンを認めると、目を見開いて硬直した。
「逃げろセシル!」
ジタンが叫ぶと同時、『ウォーリア』が、片刃になった剣を振り下ろした。
…一瞬。
そのほんの一瞬前。
宙に投げ出されていたセシルの手が、強く握られ…直ぐに開かれた。
開かれた時、手の内には白く光が宿っていた。
…そして同時。
…『ウォーリア』、ジタンの行動と全く同時に。
白い光が数回。
『ウォーリア』の砕けかけた身体を貫いていた。





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