6 | ナノ

ぴちゃ。


水音で、ジタンは再び目を開けた。
…ああ…そうか。
と、溜息を吐く。
俺、あのまんま気絶したのか…。
セシルはどうしたろう…?
ジタンは視線だけで辺りを見回した。
気を失う直前に居た場所とは、位置も辺りの様子も大分違っている。
敵の姿が見えない、ということは、ジタンが気を失ってからも戦闘が続いていたのだろう。
強化型2体に勝てたのか?
スゲーなあいつ。
けれど、だとすると、セシルの姿が見えないのは?
助けを呼びにホームへ戻ったのか。
大丈夫かな。あいつ、怪我、酷かった。
何はともあれ、セシルがホームに戻ったのなら、もう少し待てば大丈夫だろう。
ジタンは安堵の溜息を吐いて、目を閉じようとした。


ぴちゃ。


水音。


「…あ…れ……?」
ジタンは閉じようとしていた目を開ける。
水音?
確か…俺、最深部の広い足場に居たはずだよな…?
見渡して見る限り、岩の模様は最深部の足場のそれで間違いない。
…最深部の足場の下に、足場なんてあったっけ…?
ジタンははっきりしない思考で、星の体内の構造を思い出そうと試みる。
…ちょっ…と待て…。星の体内の最深部以降には、足場なんて…。
そこまで考え付いた瞬間、ジタンの頭に瞬時に血が上り…次の瞬間には同じ速度で血の気が引いていった。
最深部より下には、足場など無い。緑光の奔流があるだけだ。
自分の血が滴って音を立てる事は…無い。
イミテーションが血を流すことはない。
…ならば。
「ぐ…、! かは…っ!」
ジタンは起き上がろうと足掻いた。
動こうと身体の何処かに力を入れる度、全身に激痛が走った。
目の前が何度も暗くなる。
しかしジタンは動こうとすることを止めなかった。
駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ!
死なせるとか冗談じゃねぇ!
お前、馬鹿だろ?! 何やってんだよ!!
怪我の度合いから察するに、ジタンが気を失った後も、ジタンに対して攻撃はあった様子だ。
覚えのあるよりも傷が増えている。
しかしそれでも、ジタンは生きている。
…生きている。
自力では動かないジタンを守り切ったのだ。
…しかし…。
「お前っ、死んだらぜってぇ許さねぇぞ!」
生きて、連れて帰ると言った。
「俺…聞いたんだからなっ…!」
目の前が、瞬間、濃い闇に落ちる。
激痛が引いていくその誘惑を、ジタンは渾身の力で振り払った。
視界の回復と共に激痛が全身を襲う。
「俺、お前は嘘吐かないと思ってたんだからなっ!」
ぴちゃ。
水音。
自分が、困っている人や、危険な状態の人を放って置けない性分なのは理解していた。
…否。
放って置けないのではない。放って置くことが不可能なのだ。
死なせたくない。死んでは駄目だ。
そんな、強迫観念に似た想いが、ジタンの根底に在る。
それは…劣等感の裏返し。
もう、あまり思い出せないが、多分、自分は、大きな街で暮らしていたんじゃないだろうか。
良く家族を見かけた。
そして、小さい頃から、そんな家族を見る度に漠然と思っていた。
死んでは駄目だ、と。
良く笑っていた。
子供が泣いている時もあったように思う。
だが概ね幸せそうだった。
だから…死んでは駄目だ。
…と。
街の外で、魔物に襲われ、家族を亡くした家族をいくつも見た。
怪我で、病気で、事故で、家族を亡くした家族をいくつも見た。
残された家族の慟哭。
涙。
死んでは駄目だ。
死んでは駄目だ。
誰かを助けるのに理由はいらない。
死んでは駄目だ。
それだけだ。
代りに…自分が死ぬから。
身寄りの無い、盗賊の、社会に落ちぶれた、自分が死ぬから。
だから、死んでは駄目だ。
育て親は居たと思う。共に育った仲間も。彼等に感謝していない訳ではない。嫌いでもない。
だから、幸せそうな、血の繋がった家族に対して、嫉妬は無かった。
代わりに、相手と自分を比較する天秤が、心に生まれた。
その天秤は、いつも相手側に大きく傾く。
生き残る価値があるのは、常に相手であって、自分ではない。
…嫉妬を挟まないその劣等感は、自己顕示欲の現れだった。
命を賭して助ければ、誰か認めてくれるのではないか。
自分が、ここに居ることを。
ここに居たことを。
兄であるクジャとは、ある意味真逆の、しかし同じ大きさの自己顕示欲。
同じ創られた存在であるからか、その欲は形をこそ違えていたが、双方人間とは、ずれていた。
だからこそ、誰かに「助けられる」ということは、ジタンにとって恐怖だった。
自分が他者を助けられない…という事象は、即、自己否定に繋がりかねない。
そして…この継ぎ接ぎの世界。
自分と同じく召喚された戦士達。
自分はその仲間達の中でも、戦闘能力が低い方だ。
そう自覚したその時から、顕示欲は役に立たねばという強迫観念になった。
強迫観念は、役に立つという目的を達成させる為に、容易に焦りへと姿を変え…。
その結果が…この状況を招いた。





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