名前も知らない貴女2 | ナノ


程なくして、進む先にセシルとスコールが見えてきた。
疎らに成り行く木立の葉の隙間から、さあ…と、白く眩ゆい月光が、音もなく彼方まで、一面に降り注いでいた。
音の無いその世界に、自分達の歩み行く、下草を踏む音だけが響いてゆく。
そんな…夜だった。
セシルは腕を組んで、細い木に背中を預けていた。
スコールは、セシルが居る所からやや離れたところで、やはり細い木に寄り掛かって、腕組みを崩した形で自分を抱えていた。
…クラウド達が声の届く距離まで近付くと、3人の接近に気付いていたのか、2人は別段驚いた様子も無く、ゆるりとこちらを向いた。
「…やぁ」
抑えた、力の抜けた様子で、セシルが声を掛けてくる。
クラウドは、軽く片手を上げて応えた。
「良くウォーリアが哨戒でもない外出を許したな」
「そっちこそ」
苦笑して…クラウドはクラウドは軽く数度、頷いた。
そうして、その場に腰を下ろした。
ティーダはクラウドの隣に、ジタンはスコールの隣辺りに腰を下ろす。
…深、と。沈黙が辺りを満たした。
「…どうした?」
暫しの沈黙の後…。
口を開いたのは、スコールだった。
通常から、感情をあまり声に乗せないスコールだったが、通常と比べても更に抑揚の無い、答えを期待していない、早さの無い声だった。
問いかけた相手は、隣足元のジタン。
ジタンは困った様子で胡坐をかき、スコールを見上げていた。
「お前こそどうしたんだよ」
スコールは答えに窮したらしい。
ジタンから顔を逸らした。
その1連の会話を見ていたクラウドは、言葉を発しないままセシルを見やる。
離れた足元に軽く視線を落としていたセシルだったが、それでも目の端にクラウドが映っていたのか、直ぐに気がついて視線を寄越してきた。
冷たくはないが、通常よりは幾分表情の無いまま、セシルは言う。
「…スコールがさ」
「言うな…」
「誰も茶化したりはしないよ」
やはり、控えた声での、早さの無いやりとりがなされる。
クラウドは言った。
「スコールがどうした」
セシルは曖昧に笑った。
「いや…。スコールだけじゃないな。僕もなんだ」
「ん?」
言うことを躊躇っている調子でもないので、クラウドは先を促してみる。
セシルは元のように、やや離れた地面の下草が、月明かりで白と黒の強烈な…しかし夢の様な…陰影を刻んでいる様へと視線を戻した。
そして言った。
「思い出した人が居るんだ…。多分…きっと多分、恋人だった」
…誰も茶化す声を上げなかった。
「…多分、だけどね」
静かな…自信の無さげな声は続く。
…クラウドは僅かに頷いて返した。
それに安堵したか、スコールが口を開いた。
「…ティナが…昼間の戦闘で、全員に声を掛けただろう。その直ぐ後、目眩がして…」
見知らぬ人の姿が、脳裏に浮かんで消えたのだ…と言う。
見知らぬ…女性の、姿が。
「おかしいのは…」
と、スコールは言う。
「名前はおろか、顔も姿も…何も知らないし、瞬間的に頭に浮かんで消えただけで、何も…何も解らないんだ」
なのにそれが恋人と解った。
それがおかしいと…不安だと、スコールは言う。
「今までだって、ティナは皆を気遣う言葉を掛けてきた筈だ。それが何故今になって…コスモスを亡くした今になって、知りもしない人物を『思い出す』に至ったんだ…」
言葉は問い掛けのそれだったが、口調は独り言のそれだった。
「…そもそも」
やはり静かな声で、セシルは呟く。
「…この記憶は正しいのか…」
緩く…。
風が吹き始めた。
疎らに立つ木々の葉が、ざわりと…。
音を立てて揺れた。
「それだ」
クラウドは呟いた。
皆がクラウドの方へと視線を向ける。
「…俺は今1つ…これが本当に俺の記憶なのか、自信が無い」
皆はどうだ? と、クラウドは皆を見渡す。
「クラウドも…だったんスか…」
「え…?」
ティーダと視線が合った際、呟く様に言われて…。
「あ…」
今更だが、眠れなかった理由を「落ち着かない」で誤魔化してきてしまったことへの罪悪感が込み上げる。
クラウドは、視線を僅か、下げた。
「…済まん」
「あ、いや…。責めてる訳じゃなくて…」
慌てた様子のティーダの声に、クラウドは顔を上げる。
ティーダは利手で頭の後ろを乱暴に掻いていた。
クラウドは、改めて皆を見回す。
クラウドのその視線に、スコール以外の3人は、皆それぞれに、ふ…と。
視線を逸らした。
「スコール?」
「俺は…」
そこでやっと、スコールはクラウドから目を逸らす。
そして言った。
「これは…俺の記憶…だと、思う」
何故?
…と、誰かが問う前に、自分が何故そう思うのかを、スコール自ら話し始めた。
「これは俺の感覚でしかないから、同意を得られないかもしれないんだが…」
スコールは、記憶が無い、という状態は、実は初めてでは無い、と言う様なことを告げた。
「え…」
という誰かの呟きは、緩く…しかし冷たい夜風にさらわれて消えていった。
「…俺には、元々記憶障害があるんだ」
さらりと流された言葉はしかし、その場の皆を硬直させる内容を伴っていて。
ジタンは肩を跳ねさせてスコールを仰ぎ見た。
「おま…聞いて無ぇよ」
「言っていないからな」
「そういう…、あのな…」
盛大な溜息と共に、肩と頭を落としたジタンを見下ろして、スコールは言う。
「…ここでは、記憶障害なんて起こらなかった。だから言う程のことじゃ無かったんだ」
…ここに関係の無いことで可哀想がられたり、気を使われたりするのは好かない、と、スコールが告げたところで、ジタンは苦笑して顔を上げる。
「まぁ、お前じゃあそうだろうな。…そんで?」
スコールを見上げるジタンに、スコールは1つ、頷いて返し…視線をやや離れた地面の下草に放った。
…風の所為で木々の葉が揺れ…木々の葉を透かして地面に模様を作っていた月明かりが、激しくその模様の形を変え続けていた。
ざあ…と。
木の葉が風で鳴った。
「『記憶障害だった』ことは、俺が『傭兵である』ことと同じくらい…俺の中では当たり前のことで…」
…記憶を失い…記憶を失ったという自覚さえ1時期失っていた…筈だ、と、スコールは言う。
しかしその失った記憶を『思い出した』こともある、と…。
その時の感覚と、今の感覚が同じだ…と。
「…だから俺は、この…突然思い浮かんだ…この人が…俺の恋人なのは、間違い無いと思う」
自分が何を『忘れて』いて、いつ、どんなタイミングで『思い出した』のかは、全く『覚えて』いないけれど、と…。
…ざあっ。
風が木立を嬲り、音を立てて通り過ぎた。
急に肌寒く思えて。
クラウドは1度だけ、利腕を反対の手で擦った。
「…スコールの言うことが、仮に、皆に当てはまるとしよう」
ふと、セシルが言う。
その視線はスコールと同じく、風が木立を揺らす所為で、月明かりの模様が様変わりし続ける地面に投げたままだった。
「何故、コスモスを喪った今…思い出すんだろう。…彼女に封じられていたからだとしたら、何故…封じられなければならなかったんだろう…」
「…そもそも…封じたのは何の…誰の為だったんだろうな…」
ぽつり…。
クラウドが、セシルに続けて呟いた。
ひゅお。
風が耳に甲高い音を吹き込んで流れていった。
辺りに満ちるのは、風が木立を嬲る音だけで。
その音を聞きながら、5人は押し黙った。
5人の視線は、個々に地面に投げられたままだった。
「…考えたく無いけど…」
暫くの沈黙の後、ティーダが言った。
「俺達が記憶を持ってたら…何か…都合が悪かった…んスかね…?」
「…かもな」
スコールが、ティーダの遠慮がちな声に同意して溜息を吐いた。
…クラウドは目を閉じる。
…もし仮に、女神が自分達の記憶を封じていたのだとしよう。
そうであったのなら、女神を喪ってから、それまで知りもしなかった女性を、何故、突然『思い出す』に到ったかの説明はつく。
何故封じていたのかについては、ティーダやスコールの言う、『女神にとって都合が悪かった』で辻褄は合う。
…しかし自分達は、その『都合』とやらが解らない。
説明もされてもいないのだ。
その上で『記憶を操作』された。
女神の都合の良いように。
そうして、女神の下、女神の力となり、世界の為と…そう信じて、戦ってきた。
そんな…自分達は。
何も知らされず、勝手に記憶を封じられ…自分達の記憶を封じた張本人である女神を信じて、彼女の下で戦ってきた自分達は。
…女神の犠牲者、である…ということに…なりはしない、だろうか…。
現状、そういうことに…なるのでは…ないか。
この現象に『何故』を訊くべき女神はもう居らず、残された自分達は、現に今、蘇った半端な記憶に、こうして混乱しているのだ。
「…コスモスにとって都合が悪かった…と仮定する場合」
クラウドは目を閉じたまま、静かに言った。
…知らず、苦しい溜息が漏れる。
「その場合…カオスだけではなく、コスモスも俺達の敵だったということに…」
「止めよう」
突然、セシルの鋭い声が上がった。
クラウドは…4人は驚いて顔を上げる。
セシルは自分を抱える形で、二の腕を掴んでいた。
「あ、セシル、寒い…っスか…?」
ティーダの躊躇いがちな問い掛けに、セシルは非常に曖昧な笑みを向けただけだった。
そして皆に言った。
「上としていたものに疑心を抱くのは得策じゃない。…特に今は」
秩序陣営の…何もかもが女神の力を失って、不安定な、今は。
…クラウドは、曖昧に、小刻みに。
頷いて返した。
セシルは「それに…」と続ける。
「…今まで信じてきたものが、実は敵だった…なんて…。それはとても…。…とても、怖い…ことだ…」
ぶるり、と。
大きくセシルの身体が震えた。
…クラウドは目を逸らした。
風が運んできた塵が目に入って、擦り取ろうと片手を上げかけたが…止めた。
ティーダの、抑えた自信の無さげな声がする。
「…まぁ…コスモスもさ。俺達の為に忘れさせてくれてたのかもしれないしさ」
はは…。
クラウドは曖昧に…だか確かに…笑い声を上げた。
ティーダは、その笑い声に安心したかのように、曖昧に笑った。
…風は緩いが、冷たかった。





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