ひとりの少女が駆ける、色とりどりの小花が咲き乱れる丘をコンウェイは眺めていた。
少女の緑を基調とした軽装が青空の下で映え、所々にある金の装飾は日の光できらきらと輝いている。
はしゃぎ回る少女にコンウェイはゆっくりと近づいていく。

「喜ぶのもいいけれど早くルカくんたちの元に戻らなきゃ」
「はい! キュキュ、またここ、来たい……」

少女、キュキュはまだ目を輝かせて丘を一望する。
ルカたち八人はマムート付近の林で野宿することになったため二人が今日の夕飯の材料調達にレムレース湿原付近をまわっていたのだ。
まだこの丘は無恵の影響を受けていないのだろう。
レムレース湿原もかつては美しい湖だと聞く。

「ちょと、イリアたちに見せる花、摘んでくる!」

キュキュはまた走り出してしゃがみこむとおみやげの一輪を選び始めた。
コンウェイはそんな彼女の後ろ姿を微笑みながら見守っていた。
すると彼の目に一匹の蝶が目に入った。
美しい紫色の羽根を持ち、よく見る蝶より一回り大きい珍しそうな蝶だった。
それはひらひら舞いながらコンウェイに頭上へと上っていく。

「コンウェイ、待たせた」

キュキュは大事そうに花を両手で持って振り返った。
そこにはコンウェイ、そして金色の鱗粉をまく紫色の蝶。
しかし蝶はキュキュに気付いたのかすぐにコンウェイから離れて花畑の中へ消えていった。

「コンウェイ?」

そしてぴたりと止まって動かない彼をキュキュは不信そうに見る。
しかしそれも少しの間ですぐにコンウェイはにこりと笑った。

「帰ろうか、キュキュ」

キュキュはコンウェイのこの笑顔をみたことがなかった。
表裏のない優しげな笑み。
まるで恋人になげかけるような笑み。




バタフライロマンス





辺りは暗闇に包まれて灯りはちろちろと燃える焚き火のみ。
夕飯も済ませた一行はすでに林の適当なところでそれぞれ床に就いた。
野宿ということで今回の見張り役であるキュキュとルカだけが焚き火のそばで体育座りしていた。

「ルカ、さっきのコンウェイ。どう思うか?」
「どうって……なんか、おかしいよね」

そう、あの後のコンウェイはどうやら様子がおかしいのだ。
キュキュとの帰り道に執拗に手を繋ぎたがったり(もちろんキュキュは断固拒否したが)ルカたちと合流してからも何かとキュキュと絡みたがるのだ。
それも今までのように嫌がらせや意地悪な絡みではなく優しく、そして甘く接するのだ。
極めつけに「好きだ」と告白までし始めるという壊れっぷりだ。

「あ、でもちょっと心当たりがあるからリカルドと寝る前に話したんだけど」
「ボクを差し置いて何を話しているんだい?」
「あぅ……きた……」

地面を踏みしめる音と淡々とした声にルカとキュキュが後ろを振り向くとそこには話の張本人、何かおかしいコンウェイがいた。
コンウェイはルカに冷たい眼差しを送る。

「ボク、キュキュに話があるんだけど」
「は、はひぃ」

ルカは急いで立ち上がると焚き火から離れてスパーダの隣で横になった。
それを見送るとコンウェイはキュキュの隣に腰を下ろした。

「見張りはどう? 変わったことはある?」

そしてキュキュの腰に手を回す。
キュキュは顔を真っ赤──ではなく真っ青にしてコンウェイの腕を払うとバックステップして彼との間合いをとった。

『一体なんのつもり! 調達の帰りから絶対コンウェイおかしい! 気持ち悪いんだけど』
「ごめん、もっとゆっくり言ってくれる?」

いきなりトライバースの言葉で早口に言ったのが悪かったのか、コンウェイはにこにこしながらそう言った。
もう一度キュキュがゆっくり同じことを怒鳴るとコンウェイはまだ笑顔を崩さず立ち上がった。

「どうしてボクのことをそんなに嫌うの? 敵だから?」
『そうに決まってるでしょ!』
「でもね、ボク、君のことはそんなことも気にならなくなるぐらい好きなんだよ」
『ほんとになんなの!? そんなことでキュキュが惑わされるとでも思った?』

キュキュはそばに置いておいた槍を手にして構えた。
コンウェイは応戦する素振りも見せずまっすぐキュキュの黄金の瞳を見つめた。
その真剣な表情もまたキュキュのみたことのないもので不意に戸惑う。

「今まで、冷たく当たって悪かったよ」

ぽつりとそうコンウェイは謝ると一歩ずつ踏みしめるようにキュキュに近づきながら言葉を続ける。

「ずっと寂しかっただろ」

コンウェイのその言葉にカラン、と音を立ててキュキュの手から武器が落ちた。
コンウェイはまだキュキュに迫り続ける。

「命を賭けて異界にきて」

コンウェイの眼差しと言葉から逃れられず、キュキュは後退りする。
いつもと違うのは明らかだった。
しかしコンウェイのその様子は言わされてるわけでも嘘をついているようでもなかった。

『言葉も通じず、宿敵のこのボクと行動を共にして』

これはルカたちに聞かれたくなかったのか、母国語でそう言った。
キュキュはまだ警戒を解かず──それでも心はずいぶん乱れているようだったが──コンウェイとの距離を一定に保つ。

「……っ」

しかしそれが仇になった。
ここは人里離れた林。
背中が木にぶつかったことに気付いたときにはコンウェイはすでに目の前にいた。
すっ、と自分の顔をキュキュの顔に寄せて耳元でこう囁く。

「キュキュ、可愛いね」

予想外の台詞にキュキュは眉をひそめて恥ずかしそうにうつむく。
『偉い』と誉められるだけでどうしようなくなってしまう彼女にコンウェイの言葉の効果は抜群だ。

「可愛い」

もう一度そう言うがキュキュの反応は変わらない。
絶対にコンウェイの顔をみない彼女の顎を彼は細い指で持ち上げて目をあわさせる。

「覚えておいてほしい。どんなに寂しくても、ボクがキミのそばにいるから。目的は違っても同郷だという事実は変わらないんだよ」

相変わらず固まって、しかも涙目の彼女をみつめるとコンウェイはキュキュから離れた。
キュキュはまだ動けない。

「驚かせてごめんね。じゃあ、おやすみ」

視界からコンウェイがいなくなるとキュキュは我に返って急いで武器を取りに戻る。
収まらない胸の高まりを無理矢理止めるように手を当てると始めと同じように焚き火の隣で体育座りする。

「おい、キュキュ」

びくりとして後ろを振り向くと今度はリカルドが佇んでいた。
キュキュは少しほっとしながら立ち上がる。

「お前たち、昼間に蝶をみなかったか」
「蝶?」

突然のリカルドの問いにキュキュは首を傾げる。
と、同時に脳裏に丘で見たあの蝶を思い出す。

「キュキュとコンウェイ、紫、大きい、蝶みた!」
「やはり、あの伝説の蝶か」
「……伝説の蝶?」

顎に手をあててうなるリカルドにまたキュキュはきょとんと首を傾げる。

「ああ。その蝶はめったに人前に現れないのだがな。巷ではその蝶の鱗粉に惚れ薬と同じ効果があると言われていてな」
「惚れ薬……、コンウェイ!」
「そうだ。奴の様子がその薬におかされた者に似ていたからもしやと思ったがまさか本当だったとはな」

ようやくキュキュも落ち着いてきた。
コンウェイの気持ち悪いあの絡みは原因があったのだ。
あの蝶の鱗粉による惚れ薬の症状なのだろう。
これで治療法がわかれば全ては解決する。
いつまでもあんなコンウェイに付き合ってられない。

「どうやたら治るか!? 明日には治るか!?」
「いや、それは無理だ。しかもその鱗粉にはもう一つの症状を引き起こす。……発症以前の記憶を徐々に失っていくという厄介な症状だ」

記憶を失う。
想像以上の深刻な副作用だ。
キュキュはすぐに頭を回転させる。
──もし、そんなことになったら。
きっと母国のことも忘れるだろう。
“魂の救済”と称する謎の目的も忘れるだろう。
それは必ずキュキュにとっては嬉しいことである。
──でも。

「キュキュ、絶対、コンウェイ治す!」

彼もまた、キュキュと同じように命を賭けてこの無垢なる絆の世界へやってきたのだ。
その目的を忘れることはキュキュにとって死ぬのも同然だった。
少なくとも“今”はコンウェイを見殺しにはできない。

「治し方は簡単だ」

リカルドは真顔でそう言う。
なんだ、と拍子抜けするキュキュ。
おそらく毒には毒、他の薬を投与するのだろう。
しかしそんな彼女の予想を裏切り、リカルドから驚愕の治療法が明かされる。
それはとても簡単で、でもキュキュにとってはとても難しい治療法だった。

「惚れられた相手のキスだ」







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