“惚れられた相手のキス”。

つまりそれはキュキュによるキス。
リカルドによると今のところ判明している治療法はそれしかないらしい。

翌日、リカルドが他のメンバーに簡単に説明してキュキュとコンウェイをふたりきりにさせることにした。
さすがに人前でキスなどできるキュキュではないことは全員わかっている。
しかもキスをすると惚れ薬の効果がなくなるだけではなく、その間の記憶がなくなるらしい。
なんとも都合のいい薬だ。

「じゃ、じゃあ僕たちはマムートに買い出し行って来るから、る、留守番頼むよ、コンウェイ、キュキュ」
「ばか! ルカったらそんな挙動不審になっちゃって!」
「まっ、そういうことだから。コンウェイ、キュキュに変なことするんじゃねェぞ?」
「じゃあ、行ってくるわね」

最後にエルマーナが大きく手を振り、六人の姿は木々の中に見えなくなった。
残された二人の間にしばらく沈黙が続く。

『コンウェイ、ちょっと目つぶってくれない?』

やるならさっさとやろう。
キュキュが啖呵を切ってコンウェイの目の前に仁王立ちする。
しかしコンウェイは従わず、不思議そうにキュキュをみつめている。
いきなりトライバース語で話したのが昨日と同じように聞き取れなかったのだろう。
もう一度ゆっくり言う。

「キュキュ、どうしたの? なんだい、その言葉は」
「知らない……か?」
「うん」

はっとキュキュは目を見開く。
もう惚れ薬の副作用、記憶喪失がすでに始まっているようだ。
事の深刻さを再確認してキュキュは一気にコンウェイの首に手をまわして顔を近付ける。
ギュッと目をつぶると。

「痛っ!」

手首に痛みが走りコンウェイに体を半回転させられる。
背中に温もりを感じた。
どうやら手首を固められてコンウェイに背中をとられたようだ。
その証拠に両手首がそれぞれコンウェイに掴まれ、後ろから声が降ってくる。

「今、キスしようとしたでしょ」
「……!」
「ボクが昨日の話、聞いてなかったとでも?」

なんと、昨晩のリカルドとの会話を聞いていたらしい。
身動きの取れないまま、キュキュはコンウェイに応えた。

「キュキュ、コンウェイ治す。だからコンウェイ黙てキュキュにキスされる」
「ふふっ、言うようになったね。でも……」

コンウェイは自分が持つキュキュの手首に口付ける。
ぴくりと反応するキュキュにまたコンウェイは微笑んだ。

「ボクはこのままでいいよ」
「そんなこと、よくない! キュキュでもわかるっ!」

思い切り腕に力を入れて拘束から逃れようとするも不思議なことにびくともしない。

「キミと敵対するボクになんて戻りたくない」

彼の細い体のどこにこんな馬鹿力があるのだろうかと思いながらもキュキュは抵抗を続ける。
彼の言葉は聞こえない、そう自分で思い込む。

「キミに嫌われるボクになんて戻りたくない」

相変わらず拘束は解ける様子はなかった。
むしろキュキュの抵抗する力が弱まっていく。
彼女の丸い瞳からぽろぽろ涙が落ちた。

「コンウェイ、ありがと」

その声でキュキュが泣いていることに気付いたコンウェイは手首を解放してキュキュと向き合った。
どんな泣き顔かと思えばキュキュは、笑っていた。
涙に濡れた笑顔。

「昨日、ありがと。キュキュ、ほんとは嬉しかた」
「そんな顔、多分初めてみたよ」


ふふっ、と笑うコンウェイにキュキュも笑い返す。
ああ、ずっとこの時間が続けばいいのに。
自分もコンウェイと共に昔の記憶が無くなればいいのに。
少しでもそう思ってしまった自分は軍人失格だ。
こうしている間にも待ってくれている人がいるのだから。

「ボクはね、薬のせいでこんなこと言ってるわけじゃない。ボクは本心からキミのことを──」
「キス、していいか?」

コンウェイの言葉を冷たく遮る。
キュキュの本気を感じとったのか、コンウェイは口角を上げてこう答えた。

「いいよ。ボクのこと愛してるって言ってくれるなら」
「……!」
「ねぇ、言ってよ。愛してるって。どうせボクの記憶には残らないんでしょ」

あからさまに戸惑うキュキュを見てコンウェイはまた笑う。
しかしキュキュはうつむいたまま黙り込んでしまった。

「戻ったらまたボクはキミを傷つけてしまうかもしれない。こんなに愛おしいのに」

キュキュは黙ったまま。
やれやれ、とコンウェイは肩をすくめる。
するとキュキュが何か決断したかのようにまっすぐコンウェイを見据えてついに口を開いた。

「キュキュ、コンウェイ、ウレチシア」

トライバースでの言葉だ。
今のコンウェイに通じるわけがないのだが、彼はゆっくりと微笑むと、さようなら、そう囁いてキュキュの頭を引き寄せた。
──こうして、蝶の伝説は無事エンディングを迎える。







「ねぇ、リカルド。昨晩僕も聞いていたんだけど」
「なんだ?」
「キュキュさんに言わなくてよかったの? 鱗粉の本当の効果」
「ああ。あのふたりは今のままが一番だろう」
「そうなのかな……」
「“鱗粉を吸った者の想い人に気持ちを抑えられなくなる”。それが惚れ薬の正体だと言ってみろ。それこそふたりはもう戻れなくなるだろう」
「うーん、僕にはよくわかんないや」










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