美しい豪邸がいくつも立ち並ぶ王都の貴族街。
その中でも街の一角に位置するひときわ目を引く豪華な屋敷からやけに甘ったるい香りが周辺のよく手入れされた庭にまでただよっていた。
「ちょっと、イリア! 味見はその程度にしたら?」
「だってコレめちゃくちゃおいしいんだけどっ。あたしってもしかして、料理の天才かもー。ルカにあげるにはもったいないわあ」
「イリア、チョコ、溶かして固めただけ。料理違う。キュキュでもわかる……」
「ほんまにイリア姉ちゃんのうっまいなー。この溶かして固めただけのチョコ」
二月十四日。晴天なり。
ハト型チョコレート
「おぼっちゃまスパーダおぼっちやまんちの台所はやっぱりすごいわねぇ」
だだっ広いキッチンにイリアの感心した声が響き渡る。
ここは騎士の名家ベルフォルマ邸宅。
ミルダ一行は船も手に入れたこともあり、久々にエルマーナの子供たち(正確には養っていた子供たち)に会いにレグヌムを訪れたのだ。
ついでに本日バレンタインのイベントとしてチョコをつくることになった。
そこでスパーダおぼっちゃまの半ば脅迫的なお願いで彼の実家のキッチンを貸し切ることに成功したのだ。
どうして彼がそこまでしてバレンタインに必死な理由は誰も知らない。
ましては知ろうと思う者もいない。
もちろんこれから知ることもない。
「あとはデコレーションね。ふふっ、たまにはお菓子づくりも楽しいわね。私は基本的に食べる専門だけど」
アンジュは綺麗に並んだシンプルな生チョコを可愛らしい箱に詰めながら笑みをこぼす。
箱にはカードまで添えられている。
“いつもありがとうございます。リカルドさん”。
「リカルドのおっちゃんは強運やな。あみだくじでアンジュ姉ちゃんに引いて貰えるなんてなあ」
アンジュのフェミニンな装飾を値踏みするかのようにエルマーナが観察する。
そのうしろでイリアとキュキュも感嘆の声をあげた。
するとキュキュが何かを思い出したかのように一枚の皿を持ってきた。
「キュキュ、みんなの分もつくた。食べるか?」
皿の上には三つのチョコレート。
一つは花びら一枚一枚丁寧につくられた桜型。
もう一つは丸みを帯びたつややかなハート型。
そして職人技のような程細かくつくられた薔薇型。
「うっわ、すっご! 売り物みたいじゃないの。じゃ、あたしは一番高級そうな薔薇型いっただき!」
「ほな、ウチはハート型頂くわ。コンウェイのおっちゃんも当たりやな」
「それじゃあ私は桜型ね。キュキュさんありがとう」
「どういたしまして!」
三人の嬉しそうな顔にキュキュは満足したのか、その場でくるくる回り始めた。
彼女の料理の腕前はかなり高度なもので、味はもちろん見た目もプロ顔負けで仲間に好評である。
彼女のつくるホワイトシチューはあのリカルドでさえお代わりを頼むほどの実力だ。
「ウチも最後の仕上げや!」
キュキュのチョコレートをひとのみにしたエルマーナが闘技場の試合前の気合い入れのように拳を片手の平にぶつける。
そして次に誇らしげに用意してきたのは東の国アシハラ産の天然青のりだ。
「げぇっ!? エル、それ使うの!?」
「意外と合うんやで、これが。スパーダ兄ちゃんの反応が楽しみや! それよりイリア姉ちゃんのほうはどんなんよ? 固めて溶かすだけやろ?」
溶かして固めるのよ! とイリア。
そして肝心の作品はアルミホイルで覆われたまま。
いつもの強気な瞳も今日ばかりは自信なさげである。
だがアルミホイルをどかさない限りはデコレーションの段階に進むことができない。
「みてもいいけど……笑わないでよ」
イリアはぼそりとそう告げると一気にアルミホイルをどかす。
そこには普通の色をした、普通の“溶かして固めたチョコ”があった。
ただし形が何とも言えないいびつな出来である。
「イリア姉ちゃんこれはすごいで。あの有名な鳩サブレと瓜二つやん! センスあんなあ」
「おー! ハト! キュキュ思う、かわいい!」
「ま、まあ、デコレーション次第で、ハトに見えなくすることはできるかもしれないんじゃないかな……」
「もう、三人揃ってハトハトハトハトうっさーい! フン、いいわっ。やってやろうじゃない。デコレーション!」
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