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スマートフォンで設定していたアラームの音が鳴り響く。
瞼を開けるのも億劫な半ば夢見心地の状態で、枕元に置いていたはずのスマートフォンを手に取ろうと腕を持ち上げたが、アラームに混じって聞こえたピシッという破壊音に眠気は一瞬で吹き飛んだ。

「わああ!!ギムレー、壊れる!壊れるから!!」

「うるっさい……。これほど耳障りな音も、そう無いだろうね」

私が手にするよりも先にスマートフォンを咥えていた首から上だけのギムレー本体は、今まさに口に挟んだそれを噛み砕こうとしていた。
それを認識するや否や、寝起きにも関わらず類を見ない俊敏な動作で跳ね起きてギムレー本体の口からスマートフォンを奪取した私は、顔を青ざめさせながら画面の生存を確認する。
ケースにはヒビが入っていたが、電源がついたので中身の携帯端末自体は無事なようだった。寝起きの朝から肝が冷える。

「ギムレー、これ壊すの絶対だめ!!いい!?」

「僕に命令するな」

「どうかお願い申し上げますギムレー様!」

「ふん」

私が注意するも素知らぬ顔で突っぱねてくるものだから、半ばヤケクソ気味に棒読みで頼み込めば、いまいち不服そうだったが一応了承はしてくれた……のか?まぁ、微妙なところだが肯定的に捉えておくことにする。

「──あ、ギムレー寝癖ついてるよ」

「だからなんだ」

「直しなよ、癖がついて取れなくなる」

「君は、僕が器の容姿に拘るとでも思っているのかい」

本人は気にならなくても、私が気になるんだよなぁ。折角綺麗な髪をしているんだから(ルフレのものだが)多少は気にかけてもらいたい。
ぴょこぴょこと跳ねる髪を一向に整える気がなさそうだが、どうにも気にかかる。……よし、十中八九文句を言われるだろうが──そう迷いながらも、私は決心した。

「ちょーっと失礼しますねギムレーさまー」

そーっとギムレーの頭部に手を伸ばす。てっきりこの時点で手を叩き落とされでもされるのかと予想していたのだが、驚いたことに案外すんなりと触らせてくれた。
まぁ、私の背後に出現したギムレー本体ががぶがぶと私の頭を噛んでいるけどね!完全に許容してくれるわけはないよね!
だが私の頭皮を犠牲に、触れることそのものは許してくれたのでさっさと跳ねた髪を撫でつける。何度か押さえると跳ねなくなったので、頭を噛まれながらも満足した私は手を離した。

「直ったよ、ギムレー」

「そうかい」

「本体をもうそろそろしまってほしいんだけど」

「小間使いのくせに注文が多いな」

私が声を掛けるとベッドを降りてリビングに行こうとしたので、未だにがぶがぶと甘噛みを続ける本体を慌てて指差して抗議すれば、とっても面倒臭そうだったが消してくれた。
私もベッドから降りて、朝食の準備をし始める。今日はベーコンエッグトーストでいいかなと脳内で段取りを決めながら動いていると、少し離れた場所からギムレーがこちらを伺っていることに気がつく。
だが、私をというよりは機器の方に興味があるみたいでそちらをしげしげと観察していた。
そりゃ、アスク王国にはコンロもトースターもなかったから気にもなるか。まぁ、向こうには魔法があったからどっちの方が優れているということはないんだけど。

「はい、お待たせ」

テーブルに二人分の朝食を並べる。
いただきますをしてから特に会話もなく食べ進めて食器を片付けて、私が大学に行く用意をしていると、背後から音もなくギムレーが近づいてきた。

「どうしたの?ギムレー。あっ、今日の帰宅時間だったら昨日よりは早いよ」

「僕もついていってあげるよ」

「──え?」

待て、今なんて言った?ついて行く?
びっくりして素っ頓狂な声を出してしまったが、聞き間違いかと思って聞き直しても、「ついて行く」とギムレーは言った。

「え?え?大学に?」

「他に何処に行くんだ」

「いやいや、ギムレーはうちの学生じゃないからついてきても一緒には居られないし、第一……すっごい目立つ。注目の的にしかならないよ」

今のご時世、白髪はまぁ……若者だから多少はということで大丈夫かもしれないが、百歩譲ってもその紅い瞳と現代では奇抜な部類に入る服装は目立つ。
なまじ見た目は良いから、悪い方にも良い方にも目立ちまくるし、そうなれば人間嫌いの彼がどんな行動に出てしまうかなんて考えたくもない。
いくらアスク王国に居た頃よりも力が弱まっているとはいえ、殺そうと思えば人間の一人や二人簡単に殺せるだろうし、そんなことをされたら大事件になる。
そもそも、事件以前に無暗に人を殺してほしくない。戦乱の中に身を置いていても、そこだけは私は平凡な感覚のままだった。

「ギムレー、目立つから人に囲まれるかもよ」

大嫌いな人間に好奇の目を向けられて囲まれるだなんて、彼にとっては辟易して苛つく以外のなにものでもないだろう。
だから、こう言えば自分から引き下がってくれるかも──と期待したのだが、そうは上手くいかなかった。

「僕が見えなければいいんだろう」

「え?」

「僕だってわざわざ虫けら共に群がられたいとは思っていないからね、僕の姿が奴らの目に映らないようにすればいい」

「それってどういう──」

そう言いかけた時、ギムレーの姿が消えた。比喩でもなんでもなく、その場から消えたのだ。
あまりの出来事に声も出ずぽかんとしていると、なんでもない顔で彼は再び姿を現す。──待て待て、理解が追いつかない。

「この世界は、僕という存在を受容できずにいた。昨夜に君も、僕の左腕に異変が起こったのを見ただろう、あれはこの世界と僕が相容れずに生じた波長のズレだ。つまり、僕は僕という存在が不安定な事態に陥っていたが──敢えてこちらから逆干渉することでそれを逆手に取ってやったんだよ」

「えっと……つまり、意識的に存在の波長を乱すことで姿を消したり現したりできるようになったってこと?」

「ああ、理解できたのか。まぁ、この僕が懇切丁寧に説明してあげたんだから、それでも把握できないような愚昧を晒したら即刻噛み砕いてやるところだったよ」

「…………」

物騒な発言に突っ込むのはよそう、うん。
兎も角、ギムレーは自身に起きた問題を自力で解決するどころか利用までしているというわけだ。流石邪竜、と感心している場合ではないのだが素直にすごいと思う。
ただ──

(それを解決しちゃったら、ギムレーは元の世界に戻れるの?)














結局、私はギムレーを大学に連れてきてしまった。今の彼は私から見ると半透明なのだが、同じ教室で授業を受けている生徒や教授はギムレーを視認できていないらしい。
何故、完全には姿を消していないのに私にだけ見えて他の人に見えないのかという疑問点については──ギムレーが言うところによると『君がどうにも僕に近しい何かを持っている影響か、召喚士との絆の契りとやらの効果だろう』と。
近しい何かとやらは、アスク王国に居た頃もギムレーに言われたことがあるがそれがなんなのかはわからないし、特に大きな問題でもないと思う。そんな曖昧ななにかよりは、召喚士との絆の契りの影響の方が説得力はあるかなと考える。あくまで私はだが。
アスク王国に居た頃の契りが果たしてこっちの世界まで来ても継続されているのかについては、そもそもギムレーがこちらに来てしまった時点で有り得ない話ではない。
さて、この辺の考察は答えが出ないのでここまでにしておいて、ギムレーの状態変化についてを纏めてみる。今のところ私が確認できている限りでは、三段階あるようだ。
一つ目は実体化状態。これは普段のギムレーである。
二つ目は、透明状態。私の目にも見えず完全に姿を消すことができ、物体(壁とか机とか)のすり抜けも可能な、例えるならば幽霊みたいな状態らしい。
三つ目は、私だけに見えている半透明状態。だがこれは透明状態から少し波長をずらしただけで、実質は透明状態とそう変わらないらしい。なので物体のすり抜けも可能だ。
ちなみに二つ目と三つ目で本体のギムレーがどうなるのかはまだわからないが、多分器の方と同じ状態が反映されるのだと推測する。

「全くもってつまらないな、もう少しマシな場所に連れて行きなよ」

(いやいや、ギムレーが大学に来たいって言ったんでしょ……)

机に腰掛けて本のページを捲りながら、ギムレーは先程からずっと文句を垂れている。だが、そんなに文句を言われても講義なんて見ていて楽しいものではないし、その旨を散々説明したんだから私は悪くない、……はず。
この授業を取っている人数はあまり多くないから、ギムレーのためにとなるべく人を避けて座ったのだが、ギムレーはそもそも講義自体がお気に召さない様子だ。そりゃあ、私も喋れないし暇だろうな。
教室に行く前に付属図書館に行って本を借りておいてよかった、私の本棚の本は読む気にならなかったらしいが、流石は図書館、ギムレーが多少は興味を持つ書物もあったから、どうにかギムレーには読書で退屈を凌いでもらっている。
ちなみに、これが今日最後の講義なのでこの後はバイトなのだが、ギムレーはついてくるのだろうか。
それも確認しないといけないが、今は聞けないのでノートを取りながら真面目に授業を受けていると、ようやく講義が終わる。特に提出するものもなかった私は教科書等をリュックに詰めるとギムレーに合図をして、足早に大学を出た。

「ギムレー、この後バイト行くんだけど」

「なんだい、僕に何処かへ行けと?」

「いや、ついてきてもいいけど絶対相手できないよ」

「はぁ、外に出たはいいがこうも退屈だとはね」

ちょっと文句が多すぎる、ギムレーだから仕方ないのかもしれないけど。
途中からは私も慣れてきて適当な相槌だけを打ってバイト先へと向かったのだが、一応ギムレーも仕方なさげについてきていた。
だが、業務が始まって暫くすると飽きたのか何処かへ行ってしまったが、終わる時刻を事前に伝えていたため、私が店を出るとギムレーがぶすっとした表情で待っていてくれた。
そのまま、買い出しは昨日に済ましたので家に帰る。帰宅途中は都市郊外なのも合わさって人があまり居なかったので、ご機嫌取りも兼ねてギムレーと話しながら帰った。
それからご飯を食べてお風呂に入り、就寝なのだが昨晩と変わらず私はギムレーの腕の中に居る。だが、いい加減慣れてきたのでもうぎゃんぎゃん騒いだりはしないのだが。

「アスク王国とは全然街並みが違うでしょ」

「ああ、別物だね。こうまで土地を食い荒らし、侵略する人間共はなによりも薄汚く見えたよ」

「まぁ……、あっちと比べると自然とか神秘って本当にないよねぇ。それは寂しいかも」

アスク王国──というか、あっちの世界は自然が豊かで空気も美味しかった。その代わり車や電車みたいな交通の利便性はないけど、それもまた味わい深く感じられた。
──少し、心がしんみりとしてしまう。アルフォンスやシャロンと過ごしていたことが懐かしい。勿論、戦争をしていたのだから楽しいことばかりではなかったけど、それでもいっぱい笑い合ったなぁ。
まさか、本来の世界に戻ってからホームシックになるとは。あぁだめだ、これ以上考えていると悲しくなってくる。
こちらの世界に不満があるというわけではない、ただ、あっさりと切り替えるには楽しい記憶を作りすぎている。大好きな彼らにももう会えないのだなと、改めて思うと涙が出てきそうだが──

「ねぇ、ギムレー」

「なんだい」

「なんだろう、私ね、ギムレーともう一度会えてよかった」

本来ならば彼はこの場に居ない筈で、今が異常事態なのだが、不謹慎ながらも私はそう思ってしまったのだ。
誰も身近にいない一人ぼっちの中でギムレーと再び会えて、ギムレーとまた過ごすことができてよかったと、私は心から喜んでしまっているのだ。
自分の楽観的さにはほとほと呆れるが、ギムレーが側に居てくれているという安堵は私を眠りに誘う。その睡魔に抗うことなく目を閉じた私は、何気なく伝えたその言葉にギムレーが動揺したように瞳を揺らしていたなんて気が付かなかった。


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