暗い部屋のベッドの上で、眠ろうと必死になると怖くなる。あの人は明日も来るのかしら?

(マルコ、さん)

数週間前に教えてもらったその名前をぽつり心で呟いた。


私の生まれたこの島はログが溜まるまでに要する時間が極端に長い。一部では足留め島だなんて呼ばれているほど、長いのだ。その長さに比例して傷跡は深くなっていった。

彼は明日もいるかしら?
目が覚めたらいなくなっていたりしないかしら?


ふと窓の外からがやがやと騒がしい声が聞こえてきて体を起こした。裏通りを楽しそうに闊歩する柄の悪そうな彼らこそ白ひげ海賊団だ。

無意識に彼を探すのと、彼を見付けるのと。ほぼ同時だった自分に感心するやら呆れるやらで私は笑った。


(マルコさんだ…)

「!」

ぼんやり眺めていたらマルコさんは視線に気付いたのか此方を見た。にやりと笑うと途端に青い炎が彼の腕を包み、一瞬にして彼は私の部屋の窓辺に現れた。


「マル、コ、さん!」
「びっくりしたかよい?」

慌てて窓を開けるとマルコさんはまたにやっと笑った。

「、不死鳥って…そういうこと、なんですね……悪魔の実ってもっと怖いものかと思ってました」

綺麗な青い炎が消えてゆくのを見つめながらそう言えばマルコさんは少し呆れたような顔をした。


「おいおい…俺は海賊だ、怖がれよい」
「マルコさんは優しいもの」
「海賊ってのは略奪者だよい、お前の大事なもんも全部奪っちまうんだ」

怖ェだろうよい、とまた悪そうな笑みを浮かべたマルコさんはいたずらっ子みたい。


怖いとしたら、私の大事な物をすべて奪っても私自身は奪ってくれないこと、それだけだ。

(置いてきぼりは嫌だなあ)

私も奪っていってほしいのに。


「ふふ、そんなの、いいですよ別に。大事な物なんて」


マルコさんが奪っていくなら最早嫉妬の対象でしかない。

「…そうかよい」

マルコさんは一瞬真剣な顔をした。



不意に腕を引かれてバランスを崩す。気が付けばマルコさんに引き寄せられていて、彼の口は私の耳許に寄せられていた。

「明後日には出港する」

ぐらり、と世界が揺れた。


うそだうそだと心が叫んでも頭ではそうだよね、と冷静に肯定してしまう。

多分彼が略奪していったのは私の心だ。


「言っただろうよい。俺は略奪者だって」

マルコさんの低い声が響く。
彼は本当に私の大事な物をすべて奪っていってしまうのだ、私を置いてきぼりにして。

「……っ、」
「お前の大事なもんは諦めて貰うよい…明後日までに腹括るんだな」
「…っ、く、」

ぽた、ぽた。馬鹿みたいに涙が溢れてもうどうしたって止めようがなかった。そんな自分を見られたくなくて俯いたらつむじにちゅ、と唇が落ちた。


「明後日の正午までだ。荷造りも挨拶も済ませとけよい」
「…っひ、く……、え?」


しゃくりあげながら彼の言葉を反芻して、私はそっと顔を上げた。
荷造りって、何?


「だから、言ってんだろうがよい。お前を奪ってくんだ、さっさと諦めろよい」
「え…、え?置いていくんじゃ、ないの…?」
「は?何だって?」
「好きって気持ち、諦めろって言ってるんじゃ、ないんですか…?」


はあァ?とマルコさんは盛大に顔をしかめた後、その気だるそうな顔をくしゃくしゃにして笑い出した。

大口開けて笑うマルコさんなんて珍しい。私はぽかんとそれを見ていた。

「ははっ!お前よい、」



明日の話をしよう

(俺は諦めが悪いんだ)
(誰が置いていくかよい)


ひとりじゃないなら、大事なものは何度だってもう一度築いてゆける。




◇◇◇

諦めの悪さを見せ付けてやろう。

東北地方大震災の被災者並びにすべての日本人に捧ぐ。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りします。


2011.3.14 ピアス





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