にせものamabile。 | ナノ

 F-dur 1

忘れよう、忘れようとするたびに、その記憶は色濃くなっていった。

つらいことにはふたをして、深い、深い、海の中に自分を沈めて。


泡になってしまえば楽なのにと、何度願ったかわからない。



だけど今になって思う。




全部、無駄じゃなかった。




あのときから進んできた道はちゃんと、今に、未来につながっているんだ。





「んー匠ちゃん、じゃあこれを解く公式は?」
「えっと、あ!あれだ!」
「ぴんぽん!じゃあこれは?」
「さっきのマイナスばーじょん!」
「正解!え、どうしたの匠ちゃん!ほんもの?!」
「のむちゃん驚きすぎでしょ」
「だって!匠ちゃんが!あの匠ちゃんが!」
「失礼な!勉強したんだもん!」



休み時間、のむちゃんに問題を出してもらっていたら、ものすごくびっくりされた。

その驚きように驚くよ!僕だって、やるときはやるんだい!



「今回も上村さんに教えてもらったの?」
「んーん、すみれさんは外部受験だから、いますっごい忙しいしね」
「そっか、たしかにそれもそうだね。じゃあ…」
「なにその顔!そうだよ、ひ、ひびきに教えてもらったの」
「よ、び、す、て!!!わんもあ!わんもあぷりーず!!!」
「うるさいっ」



のむちゃんがこのこのぉ、と僕をつっついてきた。もう、なにキャラなの、のむちゃんたら。



「えーでもさ、僕がどーんなに教えても公式のひとつすら覚えなかったじゃん!」
「……」
「どうやって教えてもらったの?」
「……」
「たーくーみーちゃーんー!!!」
「ふつうに!ふつうにだよ!」
「いーみーしーんー!」



ぎゃあぎゃあ腕を引っ張られる。



「言われたのっ、おまえはやればできるんだって。できないのが当たり前って思ったらだめだって」
「そっか」



よかったね、とのむちゃんは僕の頭をなでた。




「……でもぜーったい、えっちな秘密勉強会みたいなの開いてると思うんだよなあ」
「なに?のむちゃん」
「んーん、なんでもないよー!」
「とにかく!僕がんばるよ!このテストさえ乗り越えれば冬休みだもんっ」
「いやいやなにいってんの!なんか忘れてるでしょ!」
「へ」
「パーティーだよ!クリスマス!!」
「くりすますぱーてぃー?」



なにそれ、初めて聞いた気がするよ。そう思ってのむちゃんを見ると、「さすが噂にうとい匠ちゃん!裏切らないね!」とすっごく失礼な感じだった。



「園田会長もなんか言ってなかったの?」
「あー、あー?そういえば、いっこイベント忘れてるだろって」
「それクリスマスパーティーのことじゃない?」
「えー?でもクリスマスはカウントしてたんだけどなあ……」


クリスマス"パーティー"って言わないとだめだったんだろうか。細かいな、ひびき。



「まぁみんなが出るわけじゃないからねえ」
「そうなの?」
「外部受験組は出ないよ!」
「そっか、それどころじゃないよね」
「園田会長はもう進学決まってるでしょ?出るよきっと!聞いてみなよ!」
「雪降るかな〜」
「ちょっと匠ちゃん!聞いてる?!」



聞いてるよー、でもクリスマスパーティーって一体何するの?ピンと来ないよ。



「おめかしして、ごちそうとかケーキを食べる!!」
「……だけ?」
「だけ!!」



まあ、ごちそうとかケーキはうれしいけれど。そして、ひびきの卒業が迫る今、一緒に参加できる行事が残っていたこともうれしい。




「何、にやにやしてるの匠ちゃん〜」
「にやにやしてませんっ」
「ねえ、テスト後のお休み、パーティー用の洋服買いに行こう!」
「えーっわざわざ新しく用意するの?」
「うん!だってそのほうが楽しいじゃない?!」



お金持ちってすごいな。僕のおうちは庶民だから、わざわざそんなことできないよ!



「僕、ピアノの発表会で着た服とかあるからそれにしようかな」
「えーーーっ!僕!僕選びたいの匠ちゃんの!僕が買うから!ね!お願い!!」
「いやいやいやいや、そんなのダメ!」
「買う!」
「ダメ!」
「買う!!!だって僕の親、いつもお世話になってる匠ちゃんに何かしてあげなってお小遣いくれたんだもん…」
「え、えーーー!僕のむちゃんになんもしてないよ!」


むしろいつも助けてばっかりのやつだよ。のむちゃんのおかげで、高校生活がすごくたのしいんだから。


「うちの親、何も思いつかないなら、ピアノでも買ってあげたらどう?って言ってたよ!」
「はああああ?!おかしいでしょ?!」
「お願いっ!僕、一緒に匠ちゃんとお買い物行きたいの…車は出すし…ね?」
「…似合うのがあったらだからね」
「! うん、探そう!探す!!!」



細目ののむちゃんはもっと目を細くして、それはそれは嬉しそうな顔で笑ったのでした。

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