スタッフルームでロッカーからペットボトルを取り出すと勢いよく中身を飲む。
 有り得ない場所で有り得ない人と再会してしまった。この手の店はふらっと入ってこれるような店ではない。なんらかの知識がないと無理だ。という事は謙也はわかって来店したと言うことになる。
 水分を摂って少し落ち着きを取り戻すと冷静に考えてみた…いや、考えるまでもない。ゲイが踏み入れる店に来ると言う事から答えはいたってシンプル。
 つまり謙也はゲイであると言うことだ。
 発展場にノンケが来るわけが無い。しかし最後に会った時、謙也には彼女がいたはず。その前にも何人かの女性と付き合っていた事も知っている。
 連絡を取らなくなったこの数年に何があったのか?
 悩んでいるとそれを打ち砕く様な明るい声が割入ってくる。

「光くーん。さっきの子、知り合い?」

 カウンターにいなかったはずの店長が絡んできた。この人のノリやテンションは中学生時代の某先輩を彷彿とさせる。
 少々ウザイなと思うが悪い人ではないのでここのバイトも長続きしていると言ってもいい。

「…どこで見てたんすか?」
「おかまの第六感?」

 ちなみに店長は、見かけは男性だが中身はおねぇである。

「まぁ、カウンターに行こうとして見ちゃったんやけどね。で、どんな関係?」

 すごく楽しそうだな。こっちは楽しくなんかないのに。

「中・高の先輩です。数年振りに会ったんで本気でビビりました」
「…ははぁん。もしかして、きっかけの人?」
「!」

 おかまの勘、侮りがたし。
 こっちの道に入ったきっかけはなんとなくぼかしながら話したことがあったが覚えているとは思わなかった。

「図星ね。…もしかして今も好きなんやない?」

 好きか嫌いかと言えば好きだろう。いや、好きしかない。勝手に自覚して伝えもせず連絡を絶ったまま逃げていた状態だったので。
 その想いにケリをつけないまま恋愛をしてきたので(もちろん相手は男)長続きはしなかった。

「相手、ノンケって言うてなかった?でもうちに来るって事はホンモノよね〜。こっちの住人やったってわけやね」

 いとも簡単に言ってくれる。

「…ほんまにそうやと思います?」
「う〜ん。私にはどう見ても同じ世界の住人にしか見えへんで。良かったわね、フリーみたいやし」

 出会いの場でもあるこの店に来るって事は特定のパートナーはいないって事には間違いはないと思う。

「光くん、狙ってみる?」

 ニヤニヤと聞いてくるのにはイラっとする。

「今日暇やし、先上がってもらって構へんよ。うちで再会ってのはあんまりロマンティックやないけど、うまくいきそうな恋は応援したくなるのよね〜」

 両手を胸元に組んで遠くを見つめて悦に入る店長は実はBL大好きな人間だった。乙女の夢!妄想!とよく分からないことを口走る姿を何回か見たことがある。
 自分自身はっきりさせたいのは山々だが、まさかバイト先で実行するとは思わなかった。
 エプロンを脱いでロッカーに直すと、私服のままスタッフルームを出る。

「あれ?財前ちゃん、どないした?」
「店長が暇やから今日上がっていいって…」
「…あぁ、さっきの」

 どれだけ自分の初恋ネタを知られているか…。

「さっきの人、ここに入って行ったで」

 カウンターに置かれた店内マップから謙也が入って行ったブースを教えてもらう。半個室にいるのはありがたかった。

「はい、これ餞別」

 手渡されたのは複数のスキン。ってか店の備品だろ。

「さすがにここで本番する気はないで…」
「でも出すだけ出すやろ?うちは安全性にも力入れてるんで、スタッフも率先して守ってください」
「…………」
「で、うまくいったら誰か紹介してな〜」

 財前の幸せを望むのではなく、そっちが本心か。
 はいはいと片手をあげて返事をすると踵を返し奥のブースへ向かう。

 周りからは押し殺すような声や水音が聞こえてくる。
 単純に抜きたいだけの人間もよく来店するのだ。ソファーに座っている人の股間に顔を埋めてしゃぶっていたり靴で股関を踏みつけられている様子はこの店ではいたって普通の光景だった。利用客は20代〜30代が多く人気はやはりスーツリーマンだったりする。
 財前は着用衣服の種類に興奮するタイプではないので、そういった特定の趣味の人と関係を持つことはあまりなかった。

 目的のブースに来ると、深呼吸をして扉を開け中に入る。
 中にいた人物は一瞬目を見開いて驚いたがすぐにいつも見せる柔らかな笑みを浮かべ、財前に隣に座るように促す。
 このブースは一畳程のスペースで、二人掛けソファーに建て付けられた机にテレビとパソコンが設置されていた。
 紙コップに入ったドリンクの横に読んでいた雑誌を置くと隣に座った財前の手を取り向かい合わせになる。

「……財前やんな?」
「さっきからなんべんも聞いてますけど…」

 BGMが流れているが、あまり大きな声で話すような環境ではないので自然に小声での会話になってしまう。

 謙也は空いている手で財前を確かめるかのように頭から頬、顎のラインをなぞっていく。

「…なんでここにおるん?」
「バイトしてるから。謙也さんこそなんで来たん?」
「暇やってん」
「…どういう店かわかってますよね?」
「そっちこそどういう店かわかって働いているんやんな?」
「…はぐらかさんでください。先に言うときますが、俺はゲイです。で、この店は発展場よりちょい軽い感じで、精神的に楽なんでバイトしてます」
「…………いつからなん?」
「は?」
「いつ自分がゲイやって自覚したん?」
「いつって…」

 そんなの張本人を目の前にして言えるか!
 
「俺はな、最近やねん。なんかな、違うな思てて、ちょっとこっちの世界に踏み込んだらおしまいやったな…」

 あははは、と乾いた笑いを零し、それからたまに発展場に行くようになったと謙也は話す。







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