ハッテン


 とある平日。
 財前は大学の講義を終えると電車を乗り継いでバイト先へと向かった。
 人で溢れる改札を抜けると一直線にエスカレーターを目指す。連日の猛暑で地上を歩くのは正直しんどいし信号待ちも面倒くさい。地下鉄に向かう人混みを交わして、ひたすら地下道を進むと待ち合わせに使われる泉が目に入ってくる。そこを横切ると一番奥にある階段から地上に出た。
 冷房のよく効いた地下から地上の蒸し蒸しとした暑さは何もしていないのに体力を消耗させる。
 目の前の商店街には入らずレンタルショップの前を通り右に曲がるとさっきまでの人混みが嘘のように閑散としていた。場所が場所だけに土地勘の無い者は足を踏み入れるのを躊躇ってしまうに違いない。

 この界隈は一歩入ればホテルや怪しい店が立ち並ぶ歓楽街でもある。
 そのホテル街を臆することなく財前は突き進んで細い脇道に入り、とあるビルの前で立ち止まるとエレベーターで地下に降りた。エレベーターのドアが開くとネットカフェの入口が目に飛び込んでくる。そして財前は当たり前のようにその店の中に入って行った。

「おはようございます」

 カウンターにいるスタッフに軽く挨拶すると奥にあるスタッフルームへと向かう。
 そう、ここが財前のバイト先だった。
 荷物をロッカーへ放り込む。制服はなく私服の上からエプロンを身につけるだけだでいいのでいつもギリギリに出勤してしまう。店の名前がデザインされたエプロンを身につけるとカウンターに向かった。

「おはようございます。今日どんな感じですか?」

 すでに働いている先輩スタッフに店の状況を確認する。

「今日暇やな〜」
「補充、まだですか?」
「あぁ、まだ行ってへんな〜。スキンとか足してきてもらってもええ?」
「了解です」

 基本的にカウンターでの入店受付がメインの仕事になるが、それ以外の雑務もこなさなくてはいけない。
 カウンターを離れ、棚から品物を取り出し客が利用する物品の補充に向かう。ドリンクバー用のカップやストローからおしぼりや避妊具の補充である。

 一見ネットカフェにしか見えない店だが実はこの街に相応しく男同士の出会いや待ち合わせに利用してもらうのが目的の店、所謂発展場だった。
 ただし本番目的ではなくネットカフェ形式で気軽に使ってもらえるような店づくりを意識しているので、ここで知り合ってホテル街に消えていく者もいれば簡単にしゃぶるだけで満足して帰る者もいる。
 そんな店でなぜバイトをしているかと言うと、財前も同類だからとしか言いようがない。
 なんとなく自覚したのは高三になる直前。そうではないかと薄々気付いていたが認めたくはなかった。大学に入り、はっきり認めてしまうとある意味潔癖な性格が邪魔して、これまでの交友関係を全てリセットしてしまった。
 新たにスタートする人間関係や空いた時間を有効活用する為にバイトも始め、様々なバイトを経てこの店に行きついた。たまに男同士の淫靡な声が聞こえる以外は普通にネットカフェと変わらないと思う。

(本やDVDの品揃えはマニアックと言えばマニアックやけどな…)

 一通りの物品補充と棚の整理を終えるとまたカウンターに戻る。
 この店のシステムは時間制限無しのフリータイム。通常料金1800円を支払うとロッカーキーを貰い、荷物をしまって店内を物色すると言う感じ。カウンターに届ければ外出券を発行して外出も自由に出来る。なので待ち合わせや時間潰しに利用する人も多い。周辺にある発展場と違って衣服着用で利用出来ることから初心者向けの店だと思う。

 自動ドアが開く音がして視線を向ける。
 財前は己の目を疑った。
 そこに見てはいけない人を見た気がする。
 一人で来店した男性は若い。多分大学生だ。そして財前が知っている髪の色ではないがどう見てもその顔には見覚えがあった。
 男性の視線もカウンターに向けられ財前と視線が合った瞬間、顔がひきつるのを見てとれた。
 これで相手が誰だか確定だ。
 あの表情を見て誤魔化す事は出来ない。

「…財前?」

 あぁ、変わっていない。
 数年振りに聞く声に変わりはない。
 やはり目の前にいるのは、昔の先輩で自分をこの道に目覚めさせた張本人、忍足謙也だった。
 なぜここにいる?
 それが率直な感想だった。謙也は確かノーマルなはず。だからこそ距離を起きたくて離れたのに。
 間違って来店したとは思えない。こんな入り組んだ場所にある店に来るより、表通りにはもっと気軽に入れる店は沢山あるから。

「財前やんな?」

 気がついたら目の前まで来ていた。

「け…、謙也 さん?」

 絞り出すような声しか出てこない。

「なんでおんの?」

 不思議そうに問われるがどう見ても働いている以外には見えないはず。

「…バイトしてるんで。け、謙也さんこそなんでおんの?」

 声が微かに震えているのがわかる。動揺しすぎているとはわかってはいるがなかなか平静になれない。
 謙也は財前の返事に少し考え込むような素振りを見せたがすぐに普段通りの表情に戻った。

「暇やからちょっと寄ってみたんやけど…なんか当たりやったな」
「?」
「俺、ここ初めてなんやけど、どうしたらいい?」

 自分を取り戻す為に店のシステムについて淡々と説明する。

「謙也さん、学生証持っとる?あったら割引あるんで…」

 学生証を確認して料金を精算しロッカーキーを手渡した。
 そうすれば後は個人の自由だ。謙也は色々と聞きたそうな顔をしていたが、休憩から帰ってきた先輩とカウンターを交代し財前も休憩を取る為にスタッフルームへ消えた。
 そんな財前の後ろ姿を眺めていた謙也も店内の空いているブースの中に消えて行く。







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