Unforgettable Night


神様の前に跪いて誓ってもいい。
下心なんて本当にこれっぽちも無かったんだ。
こいつ相手にこんな感情抱くはずなかったんだ。

少なくとも今この瞬間までは。

「………………。」

ゴクリ。俺は自分の喉がそんな音を立てて鳴るのをはっきりと聞いた。
部屋の中はシンとしてるのでさっきからバクバクうるさい心臓の音とか、今の生唾を飲み込む音なんかも丸聞こえなのではないかと思ったが、俺が心を乱す原因となっているその人物は全く気にも留めていない様子で、滅多に足を踏み入れる機会のないこの場所をウロウロ見て回っている。

「…うーわ。何に使うねんこんなん。何やイボイボしとる。」
「………………。」
「俺が女やったらこんなん使われたらごっつ引くし。ちゅーか、ゴムこんなに要らんやろ。一晩にどんだけヤんねん。謙也さんコレ帰り持ってく?」
「………いや、ええです。」
「せやんなぁ。どうせ使う相手も居らんもんな。」
「………………。」

ええ。ええ。まぁそうです。その通りです。その通りですけども。

とりあえずそんなアダルトなグッズを物色するのはやめてさっさと寝て欲しいのですが。

俺の気なんて知らず、そいつ、財前光はセーラー服の短いスカートをヒラヒラさせながら俺を小馬鹿にしたように笑っていた。
あぁ、もう。その姿を目に映す度に勝手に高鳴るこの欠陥品の心臓をどうにかして欲しい。
いくら中学二年生とはいえ男がセーラー服を着てる姿なんて本来であれば笑いのネタにしかならないはずなのに。
実際俺たちテニス部も木下藤吉郎祭で毎年女装喫茶をやるのが伝統みたいになっているが、大抵の奴は女子の可愛さとは大きくかけ離れた本当に酷い姿を晒す事になる訳で。
それが女子にも男子にもウケて毎回大盛況のうちに終わるのだ。
本当におかしい。全員強制参加だからその時に確か財前の女装姿も見ているはずなのに全く覚えていない。馬鹿にして笑った覚えもないが果たしてこんなに可愛かっただろうか。
いや、それ以上に足なんていつも部活で見ているはずなのに、ちっとも知らなかった。財前の足がこんなに白くて、細っこくて、綺麗だったなんて。
侑士の気持ちが今は何となく分かる気がする。確かに足はいい。スカートから伸びたあのスラッとした足はすごくえろいと思う。

「あ、見て見て謙也さん。プレステなんてもんも置いてありますけど。」
「……あ、あぁ…せやな…。」
「おー結構ソフトあるやん。まだ全然眠ないし、ちょお遊びません?」
「いや、早よ寝とかんと明日も練習あるし、白石に怒られてまうやろ。」
「ちょっとだけやって!どうせ明日先生らここに迎えに来るまで時間かかるでしょ。平気平気。」
「…………うーん、せやなぁ。」

普段なら『よし!やるで!』とすぐに応じるところなのだが…。
場所が場所だけにゲームという気分には正直なれないし、俺としてはこのまま何も間違いが起こらないうちにさっさと寝てしまいたい。
男同士で一夜を共にするのに間違いも何もあったものではないが何だか嫌な予感がして仕方なかった。
財前とは後輩の中では仲がいい方だし、何度か家に泊りにきたこともある。でも今日はそんなのとは全く状況が違うのだ。

「ラブホでゲームしたとかええネタになりますやん。」
「…………せ、せやなぁ。」

そうなのだ。ここは所謂ラブホテルというやつで、本来であればその“間違い”を起こすのが正しい場所なのだ。
極めつけに財前は女装している。しかも何故かすごく可愛い。
こんなに条件が揃っていて何も起こらないときっぱり言いきれる程俺はまだ人間ができていない。思春期真っ盛りの健全な男子なんだ。
男に欲情してる時点で健全とは言い難いが、スカートを履いた財前は物凄くボーイッシュな女子に見えないこともなかった。だから仕方がない。仕方ないのか…?

一体何でこんな事になってしまったんだろうか。
自分でもよくわからなかったけど全てが最初から仕組まれていたかのように自然で、どうにも避けがたいものだった。
たぶん俺は、俺たちは運が悪かったんだ。


大会を控えた俺たちテニス部は、とある山奥に合宿にやってきていた。
いつもと違う環境の中で厳しかったり厳しくなかったりする練習に取り組んでいたのだが。
合宿も残り二日となった今日、体力作りの一貫として長距離マラソンを行うこととなった。
それはいくつかのチェックポイントを通過しながら山の麓まで行き、また合宿所に戻ってくるという至ってシンプルなものではあったが、危険が伴う山道を使うため、二人一組で行動することが義務付けられた。そうして俺は財前とペアになった訳なのだが。
何が悪かったのか、最初にみんなを引き離してやろうと飛ばしすぎたのがいけなかったのか…俺と財前は最初のチェックポイントを通過した後すぐ道に迷ってしまったのだ。
それだけならまだよかったのだが途中でバケツをひっくり返したような大雨が降ってきて、右も左も分からなくなった。
それでもとにかく低い方を目指して移動し続けた俺たちが麓に到着した頃にはすっかり日が落ちていて、到底今日中に合宿所まで戻れそうになかった。戻る気力も無かった。
連絡用の携帯、財布、水など最低限の荷物は持たされていたのだが、その時点になって俺は初めて合宿所に電話を入れた。

携帯には既に何件も着信があって、連絡をした時にそれはそれはこっぴどく怒られることとなった。
『何でもっと早よ出ぇへんのや!』とか『財前連れてんのに何考えとんねん!』とか白石にガミガミ言われたけど、後輩を連れてたからこそというか、後輩にカッコ悪い所は見せたくないみたいな意地があったのだ。
しかし変な意地を張らずにもっと早く連絡していればよかった。車道はかなり幅が狭いため、夜間に車が通行するのはかなり危ないらしい。
結局、明日の朝に迎えに行くから今日はどこかに泊まって来いという指令が白石から下った。

『……やってさ。どないする?』
『どないもこないも。まぁ、むしろラッキーやないですか。もうあの汚い合宿所にはうんざりやったし。』
『そらそうやけど…お前なんぼくらい持ってる?』
『……1000円ちょい。』
『俺もせいぜい一万くらいやわ。』
『……このボンボンが…!』

後で部費から出して貰うとはいえ、とりあえず今持っている金で二人泊まれるところを探さなければならなかった。
金の問題もさることながら、こんなずぶ濡れの中学生を泊めてくれるところなんてあるのだろうか。
しかしその問題は割とすぐに解決した。
田舎町には不似合いなまるでお城のように煌びやかな外装の建物が俺たちから30メートルと離れていないところに見えていて。
疲れきっていたのと濡れた身体が冷えてきたのもあってもう迷う余地もなかった。
一見してそこがラブホテルだという事がわかったし、俺も財前もそれがどういう場所か分からない程疎くはなかったけど、お互い何の異論も無くそこを宿泊場所に選んだのだ。
大抵こういう場所は受付が無人だと聞いていたし、中学生の俺たちが怪しまれず泊るのにこれほど都合がいい場所は無いとさえ思った。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -