カチ、カチ、カチ…


時計の秒針の音だけがこの静かな空間に響く。
朝、光と向き合って座っていた場所に腰を降ろす俺は、机に置かれた一枚の写真を何時間も見つめていた。
どんなに長い間見ても、そこに写るものは変わらない。
ただ心の中がグチャグチャに掻き回されていくだけだった。


カチャリ。


そう聞こえたのは突然で、いつもなら笑顔で出迎えるのに、今日はそんな気分になれなかった。
…いや、気分どうこうの問題じゃないのかもしれない。
電池は切れていないのに、俺の身体は力が抜けたみたいに動かなかった。


「ただいま」


聞き慣れた声が耳に届く。
それと同時に廊下を歩く足音が聞こえ、暗いこの部屋にパッと明かりが灯された。


「何で電気点けへんの?」


光の声がすぐ後ろから聞こえたけど、俺は振り返る事すらしなかった。
膝の上に置いた手を握り締めて震える唇を固く結ぶ。
大好きな光の声も今では心地良く聞く事が出来ず、俺は口に出さずに心の中で叫んでいた。

それは俺に聞いてるの?
誰に話しかけてるの?
誰を見てるの?

ずっと…俺を通して別の人を見てたんやないの?


「…謙也さん?何かあったん?」


謙也さんって誰?
それは俺にくれた名前やのに
そんな声でその名前を呼ばないで…


「謙也さ…」


バンッ!!

自分の中で暴れ出す何かを堪え切れなくなり、俺は机を思い切り叩いて立ち上がる。
すぐ近くに光が立っていた為、視界の端には光の足が入り込み、そっと視線を上に持ち上げる。
光は神妙な面持ちで俺を見上げ、不安そうに瞳を揺らした。


「…謙也さんって誰?」

「……は…?」

「本当の"謙也さん"は…光の何…?」

「………」


俺の冷たい声を聞き、光の目が机の上のある物を捉えた。
それを見て少なからず驚いたのか、光は小さく息を飲み込む。


「それ…」

「俺は何?何の為に作られたん?」


間髪入れずに問いただすと、写真から俺へと視線が弱々しく移動した。
何も言わず光の唇を見つめると、時折何かを言おうとするかのように唇が開いたり閉じたりを繰り返して、質問に答えるのを躊躇っているようやった。


何も言えないのはどうして?
何でいつもみたいになんでも答えてくれへんの?


俺は机の上の写真を手に取り、呆然と立ち尽くす光の手に押し付けた。


「光はこの人が…、ここに写ってる本物の謙也さんが好きやったん…?」


自分でもビックリするぐらい震えた声が出たけど、俺にはそんな事を気にする余裕なんて無かった。
自分の中ではすでに答えなんて分かってるのに。
事実を知るのが怖い、事実を知ってしまいたい…
その二つの矛盾が頭の中でぐるぐると回っていた。

光は俺から渡された写真を受け取ると、その中に写る思い出を見つめ直し、今までにないぐらいの悲しそうな顔を見せる。
自分で心の中を整理するかのように、光は一回小さく頷くと真っ直ぐ俺の目を見返した。


「…せや、俺はそこに写ってる謙也さんが好きやった…」


迷いのない光の言葉。
本当は否定して欲しかった。
自分の中で答えは分かっていても、違うって言い訳をして欲しかった。

それでも、俺の願いなんて知らないというふうに、光は自分の言葉を偽る事はない。

自分は人形やから、光に想いを伝えられない。
それでもいいと思ってこれたのは、俺という存在を見てくれてると思ったから。

…それなのに…


「せやったら何で俺は作られたん?本物の謙也がおるのに何で…!」


拳を強く握り締めると爪が肌に食い込む感触がしたけど、今はそんな痛みすら感じられなかった。
光の視線が下に落とされ床を彷徨う。
その目に輝きはなく、深い深い闇が見えた気がした。


「…俺の好きやった謙也さんは…もういないから」


静まる室内にボソリと聞こえた言葉。
光は悲しげな瞳で手に持っていた写真を見つめて、それをグシャリと握り潰した。


「…いない…?」

「………」

「何…で…?」

「………」


光は何も答えず、そこに立っているだけ。
細い身体が今にも倒れてしまうんやないかって思うほど、目の前の光が脆く見えて。
俺の中にあった怒りに似た感情がだんだんと別のものになっていく気がした。


「……死んでしもたん…?」


言葉を選ぶ余裕なんてなくて、ただ自分が思った事を口にした。
光はえらく緩慢な動きで顔を持ち上げると、一歩、二歩と、俺との距離を詰めてそっと手に触れる。


「どうしても謙也さんに会いたくて、その想いだけでお前を作った」


握り締められてる手を解くように光は俺の拳を優しく包み込み、いつもの温かい目を向ける。
けど、今の俺にはその眼差しも、違う奴に向けられてると思うと素直に見返す事が出来なくて視線をそらした。


「光は…最初から今まで俺の事なんか見てへんかったんやな…、ずっと俺の向こうに見える本物の謙也を追ってたんや」

「最初はそうやった、否定はせえへん…」


けど…、と、少し間を置いて光は小さく息を吸い込んだ。


「今…俺の中におるんはそこに写っとる謙也さんやない」


強い意志を持つ言葉が発せられ、俺は拳に力を入れるのを止めた。
ゆっくりと視線を向ければ光の瞳には俺の顔がはっきりと映り込む。


「容姿も声も仕草も…何もかも似たようにプログラムしたけど、お前は本物の謙也さんとは違うものを持っとる」

「…違うもの…?」


俺の何が本物と違うんだろう…

俺は作られた存在で、最初から何も持っていなかったのに…

過去もなく、この姿形も自分のものではないというのに…

俺は何を持っている?


ほんの僅かな救いを求めるように、目の前の瞳を真っ直ぐ見つめた時、胸にそっと置かれた手の感触がして。
何故か、そこから温かい何かがじんわりと広がっていった。


「俺の過去の想いを知って…こんなに傷ついてまうぐらい…俺の事を好きになってくれたんやろ…?」


ドクン、と、胸が大きく鼓動する。

自分の感情が知られたからではなく、俺はその言葉で初めて自分にしかないものが見えた気がしたから。


「それはここにいる謙也さんの感情で、他の誰のものでもあらへん」

「…ひかる…」

「俺の中から過去の想いを消してくれたんは…今ここに存在するたった一人の人」


『たった一人の人』

その言葉に目から涙が溢れるんが分かった。

何て温かく、安心する言葉なんやろう…

手を伸ばして光の身体を抱き締める。
こうしたいと何度も願って、それでも、俺は人形やからと…自分の想いを抑えてた。
でも光は、俺の手を振り払ったりしない。
背中に回した手で、ギュッと俺を掴んでいてくれる。


「光が好きや…、ずっと俺を見てて欲しい」

「俺はずっと…アンタを見てる、せやからどこにも行かんで…」


泣きだしそうな光の声。
俺は自分の想いが全て伝わればいいと、大切な物に触れる時のようにそっと唇を重ねた。














「…っ…あ…」


暗い部屋に上擦った声が響く。
ベッドに沈めた光の身体に触れながら、何度も何度もキスを繰り返して。
時折合う視線がお互いの熱を伝えて、更に欲を煽っていく。
服の裾から手を忍ばせれば、しっとりとした感触の肌が手に吸い付くと同時に細い身体がビクリと震えた。


「…っ…!」

「あ、ごめん、冷たかった?」


慌ててそう聞けば、光は少し顔を赤くしながら首を横に振る。
そんな仕草も可愛くて、腹まで捲れていた服をゆっくりと上に滑らして。
暗がりでもよく分かる、目の前にあるのは自分と同じ男の身体なのに、それが光の身体やというだけで大きく鼓動する心臓の音が響いた。


「…光…めっちゃ綺麗や…」

「…何言うてん、女みたいに胸も出てへんのに…」


光は口を尖らせて横を向き、俺の視線から逃げるように身体を捩らせる。


「そんなん関係あらへんって…」


そう言いながら目の前で主張する突起に指を這わせ軽く押し潰した。


「う、ぁっ…!」


光の細い身体が跳ね、その反応に気分を良くした俺は手を休める事なく次々にそこを刺激し続けると、白い肌がだんだん色づき汗ばんでいった。


「ちょ…ッ、もう、それ止め…」


俺の手を制止するように伸びてきた手を絡め取り、その手にそっとキスをする。
光はしばらく不思議そうに見てたけど、俺の手が腰を伝って下がっていくのが分かるとその表情を強張らせていった。


「…やっ…ぁッ!」


ズボンの上から光のに触れるとそこは少し反応していて、俺に触れられて感じてくれてるのが嬉しくてゆっくりとした手つきで形をなぞる。
布越しに伝わる熱い熱を感じ、光の了承も無しに下着ごとズボンを足から抜き去った。


「ごめん光…、俺ホンマに余裕ない…」

「…え、…ッ…!」


光の方足を肩に乗せ、露わになった入り口を指でなぞる。
本来なら何かを挿れる為に使う場所じゃないそこに指を一本突き入れると、それですら痛みを伴うのか光は固く目を瞑った。
ぐぐ…と、俺の指を阻むように奥まで入る事はなくて、光のつらそうな顔が余計に歪む。
一回中から指を引き抜いて、小さく主張する光のを手の中で握り込んだ。


「…んんッ!ひ、ぁ…ッ」


急な刺激に光の身体が大きく跳ねて、喉の奥からは甘い声が飛び出す。
上下に擦れば手の動きに合わせて声が漏れ、強張っていた身体も少しだけ力が抜けたようだった。


「やぁッ…、う…あ!」

「気持ちええ…?」


俺の質問に対してなのか、それとももう限界を訴えているのか、光は小さく首を振りながら足でシーツを掻いた。
光のから透明な液体が溢れ、それを指に絡め取り再び後ろに手を回す。
先程よりはすんなり入っていく指を見て、中を解しつつその数を増やした。
ぐちゅぐちゅと水音を立てて抜き差しを繰り返すと中の滑りもよくなり、これなら…と、ゆっくり指を引き抜く。


「ちょお…痛いかもしれへんけど…」

「…ん」


短い返事の後、光は大きく息を吐いて重ねた俺の手を握り締める。
不安からか、それとも恐怖からか、小さく震える熱い手。
本当は止めてあげるのがいいのかもしれない…、けど…
その考えを躊躇するほど今の俺に余裕なんて無くて、少しでも光が安心出来るようにと、震える手を優しく握り返した。


「痛かったら言うてな」


一言告げ、そして自分のを光の後ろに宛がう。
触れた瞬間にビクリと震えた光の腰を支え、前に推し進めようとするもなかなか思うようにはいかなかった。
解したと言っても指とは全然違う質量のものを挿れる訳で、少し強引にでもしないと奥まで入る兆しは見えない。


「…やっぱり…止めよか…?」


それでも、光には極力無理をさせたくなくて汗で額に張り付く髪を手ではらいつつ、腰を引こうとした時やった。


「俺は…っ大丈夫やから…ッ…」


大丈夫と言っても、たぶん俺が想像するよりずっとつらいハズなのに、光は俺の為に笑顔を見せる。
途端、胸の中が熱くなって俺は弱々しく動いた唇にそっと唇を落とした。


「ごめんな、光…」


小さく囁き、光の腰を引きながらゆっくりと腰を進める。


「い…っ、あぁッ…!」

「…ッ…」


光の中は熱くて、キツくて、全部入ってもいないのに達しそうになる。
それを堪えながら少しずつ進めていけば身体がぴったりくっつく程、光は俺のを咥え込んでいた。

やっとの思いで息を吐いて痛さに萎えた光のを撫で上げると、噛み締めていた光の唇が開き熱い息を漏らす。


「ふ、ぁ…ッん…」

「…ひかる…」

「…ッ…や、…あぁッ!」


集中的に愛撫すれば痛さに顔を歪めてた光もいつしか快感を堪えるような表情に変わり、悲痛な声もだんだんと快感を帯びてきて。
無意識なのかじれったいというように腰を動かし始める。


「ッ…ひか…る…」


その快感に耐えきれなくなり、俺はゆっくりと律動を開始した。


「ひ…ッあ、んんッ…!」


俺の動きに合わせて漏れる声が耳を犯す。
そんな声で喘がれたら残っていた理性も消えてしまう。
生理的な涙に濡れる頬にキスをして、耳元でごめんと囁いた。

深い所を何度も何度も突き、自らの快感を高めていく。
光も自分で腰を揺らしながら俺のをぎゅうぎゅう締めつけて、お互いに限界まで登り詰めた。


「ッ…も、アカ…ッ!」

「光ッ…俺…も…!」


自分も限界が近づき、俺は光の先端に、グリ、と爪を立てた。


「…やッ…、…ああぁッ!!」

「…くッ…!」


光が達したことにより、中が締め付けられ俺も奥に熱を放った。

二人分の荒い息遣いが響き、光の中から俺のをズルリと引き抜くと、中で放ったものが一緒になって流れ落ちる。


「光…ホンマに…ごめんな」


俺以上にぐったりとする光は、薄く目を開きながら少し掠れた声を出して。


「謝る暇があったら…愛ぐらい囁いたらどうなん…?」


そんな事を言いながら、意地悪い笑みを浮かべる。
その生意気そうな唇にもう一度キスをして、俺は光の身体を抱きしめながら隣に横たえた。


「好きやで、光…」


想いを込めて伝えれば腕の中の光はふわりと笑い唇を寄せ、長いキスを交わしながら俺はその幸せを噛み締める。


光は俺を見ていてくれる

気持ちを受け入れてくれる

こんな日に最高の気分になれるなんて

…………

……こんな日…?


「…あ!」


俺はいきなり大声を出しながらガバッとベッドから起き上がり、壁の時計を睨みつけた。

そうや、すっかり忘れとった…!


「誕生日!もう12時過ぎてもうた!俺光の為に何もしてへんのに!」

「そんなん、今日が誕生日なんやから今日中に頑張ればええやん」


顔をしかめながら光は俺の腕を引っ張ってベッドへと誘い込む。
そんな可愛い仕草に、それもそうか、なんて思ってしまい、俺は再びベッドへと倒れ込んだ。
隣には光が、不機嫌そうな顔を笑顔に変えて待っている。


俺がここに存在する理由…

それは今日、この瞬間に見つける事が出来た


「光、誕生日おめでとう」



一生離れない

この幸せは壊さない


例え自分が壊れる時がやって来ても、想いだけは壊さない


なぁ、光


俺を作ってくれてありがとう




いつまでも俺の隣で笑っていてください







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