「謙也さん待って!」
『えっ?』
勢いだけで呼び止めて、返事が返ってきた事に取りあえず安堵した。でもそこから先どうしていいのかわからずに戸惑っていると、謙也さんはまた優しい言葉を用意してくれる。
『財前、大丈夫やから。この事でお前に仕事振らんなんて事絶対にせんし』
「っ、そんなん心配してんとちゃうわ!」
『っ……財前?』
あまりにも見当違いな言葉につい怒鳴り返してしまう。だって今俺が心配してるのはそんな事じゃない。
一生懸命演じた姿をそんな目で見られていた事には確かに少し引いたけれど、俳優である俺の演技に魅力を感じてくれたという点は少し嬉しかったりもする。
そしてそう考えを持っていける自分に驚いたと同時、このまま謙也さんとの距離が離れるのはどうしても避けたいと思ってしまった。
「……そんなん、嘘やろ。俺に仕事くれたんは、やっぱりそういう気持ちがあったからやと思うし…」
『……まぁ、下心が無かったと言えば嘘、かなぁ』
「……」
『えと……その、ごめんなさい』
黙りこむ俺に何を思ったのか、謙也さんは覇気のない声で謝罪を口にする。見えない筈のスタジオの向こうで肩を落とし目を伏せる謙也さんが想像できて、ふっと笑いがこぼれてしまった。
『財前?』
「ああ、ごめんなさい。そんなしょぼくれてるあんた珍しいから」
『……俺かて失恋したら流石に凹んだりするっちゅー話や』
「そうですか。……そういえば、俺質問に答えてませんでした」
『え?』
「俺謙也さんの事好きですよ」
流れに乗せてしまえば案外言えるもので、その言葉は詰まる事なくさらりと声にして表に出す事が出来た。突如訪れる沈黙に、今度は目を見開いて固まる謙也さんが脳裏に浮かぶ。
『……ええっ!?』
「ほんまですよ。でも、それが謙也さんのと同じ気持ちかは正直、よくわからんけど」
『……気持ち悪く、ないん?』
自分が少し変らしいと自覚は持っている謙也さんは、恐る恐るといった風に呟きを漏らす。でもそこはきちんと否定しておかないと、としっかり首を横に振った。
「俺、ディレクターとしての謙也さんをほんまに尊敬してます。その謙也さんが俺の仕事姿見て好きになってくれたんは……うん、嬉しい、と思います」
『財前……』
今の正直な気持ちを打ち明けると、謙也さんの声が少し柔らかいものに変わった。その事に内心ほっとしていると、今度はまた躊躇いがちな問いかけが返ってくる。
『それは……その、期待してもいいって事?』
「えっと、多分?」
『そこ疑問形なんや』
やっと謙也さんの笑い声が聞こえて俺にも思わず笑顔が浮かぶ。この人とはこうして笑いあっていたいと思う気持ちがあるなら、変な癖がある位そのうち気にならなくなると思った。
でも、その考えは少し早まったかもしれないとすぐさま思い知らされる。
『でもな財前、曖昧にしとくんは俺あんまり我慢出来んかも』
「え?」
『やって俺、今既に勃ってるもん』
再び鈍器で殴られたような衝撃、の後に今度は本当にテーブルに額を打ち付けてしまった。慌てて俺の名前を呼ぶ謙也さんの声が、どこか遠い。
「っ……あんたなぁ…」
『ご、ごめんって!でも仕方ないやん!ここモニターにいろんな角度から財前映ってるし……ああもう言うたやん俺変やって』
今の会話の流れでどうしたら興奮状態に陥る事が出来るのかは全く理解が出来ないけれど、不思議と嫌悪感は湧いてこない。それどころか、心のどこかで演技してない俺もちゃんとそういう目で見れるのだと知ってほっとしている部分もある。
もしかして俺もちょっと変?なんて思いながら顔を上げて、ふとスタジオにあるいくつかのカメラが目に留まる。あんまり意識しなかったけれど、これら全てが今俺の姿を捉え謙也さんのいる場所へ映し出しているのかと思うとずくん、と腰が重くなった。同時に、冷や汗が背中を伝う。
「……謙也さん、どうしよう」
『え……やっぱ気持ち悪い?』
「いや……俺も勃ったかも」
『ええっ!』
その心底驚いたという声に顔が熱くなる。面と向かっている訳じゃないと思っていた筈なのに、今は向こうから一方的に見られている現状の方が本当は恥ずかしいんじゃないのかと気付いた。
少しきつくなった前を気にして腰を引く姿も、視線をどこにやっていいかわからずに俯く姿も全部見られてるんだと思うと身体の熱は一層高まっていく。
「……良かったっすね。俺も変、みたいで」
『……財前?』
「はい?」
『したらその……そこで抜いたらどうや?』
「はぁっ!?」
次々と爆弾発言を重ねていく謙也さんに少しは慣れてきたところで、今度はそれ以上のものを投下された。思わず声が上ずって擦れてしまう。
只でさえ一杯一杯な俺に、謙也さんはいっそふっきれたのか駄々をこねる子供のように願望をぶちまけてくれる。
『やって見たいねんもん!画面越しにエロい財前見て俺も抜きたい!』
「俺もて……誰もここで抜くとか言うてませんけど!?」
『っ……あっかん、俺もう我慢出来ん』
「ちょ、謙也さん!?」
『……っ、ざい、ぜん…』
「っ……」
途端イヤモニから届いた声は今まで聞いたどれでもない、初めて感じる謙也さんで。
普通に向かい合って聞くのとは違う、直接耳に届くそれが俺の全身に衝撃をもたらした。
『ごめっ、ごめんな……はぁ、んっ…』
「あ……ちょ、っと…やめ、」
『財前……っ、1カメ見て…』
考える前に1カメに目をやってしまい、先程までは点灯していなかった赤いランプに身が跳ねる。あそこから謙也さんが俺を見て、今まさに自慰行為に及んでいるのだと思うとまた下半身が重くなった。
「謙也、さん……」
『ふっ、ぅっ……なぁ、財前も、して?』
「っ……」
『あー……次2カメ見て。こっから財前の前、張ってんのめっちゃわかる…』
「あ……」
その言葉に、まるで俺の全てが謙也さんに見られているような錯覚に陥る。目の前に謙也さんはいないのに、どこもかしこも全部、丸裸にされているような感覚。
加えて脳に響き続ける謙也さんの甘い声。意識すればする程、俺の中で何かが崩れるような外れるような、そんな気がした。
『財前、財前……っ』
「……っ」
小刻みに震える手がゆっくりとズボンに触れる。止めないと、これ以上はという思いはとっくに心の奥底まで引っこんでしまい動きを制する事が出来ない。
そうしてベルトを外し、ズボンのチャックを下ろした時が、俺と謙也さんの関係が著しく変化した瞬間だった。