テレビ局のスタジオという場所は、日本中に、或いは世界中に発信する為の番組を撮影する場所であると。少なくとも俺はこの歳になるまでそうだと思って生きてきた。

『ほな回すでー。3、2……』

イヤモニから聞こえるディレクターの声が途切れた一秒後、俺を捉えた正面のカメラが小さな赤いランプを点した。
広いスタジオに置かれたのはお洒落な丸テーブルと椅子が一組。
居るのは、俺一人だけ。




Do Me Crazy.




「まさか財前が芸能界入りしとるとか、思いもせんかったわ」

楽しげに笑いながらジョッキを傾ける、俺の隣に座る人。中学の時の先輩で部活も同じだったその人は、数年ぶりといったところで何一つ変わってはいなかった。

「謙也さんかて、てっきり医者になる思てたのに。どこでどないなってテレビのディレクターになんかなったんすか」

それを言ったら俺も同じやけど、と続ける前に素早く突っ込まれる。店の大将からカウンター越しに渡された串焼きの皿を並んだ二人の間に置いて、謙也さんは満面の笑顔を浮かべた。

「まぁその辺は追々聞くわ。久々の再会やねんしどんどん喰って飲みや!」
「……ほんま相変わらずっすね、あんた」

記憶と少しも食い違わないその笑顔に思わず苦笑すると、謙也さんは少しムッとした表情になる。それもわかりやすい、この人のポーズだという事を俺はしっかり覚えてた。

「あー、お前新人俳優がディレクターにあんたとか言うたらあかんねんぞ」
「はいはい、今後はご贔屓にお願いします。あ、牛串追加してええ?」
「……ええけども」

相手にされずわかりやすく不貞腐れるところもそのまんま。職業柄許されているのだろう金髪も、何もかもがあの頃と同じなんて錯覚に陥ってしまう。
勿論変化がないわけじゃない。手にしてるのはコーラの瓶じゃなくてビールのジョッキで、店はマクドじゃなくて居酒屋。
確実に時は流れているとわかってるのに、居心地のいいこの人の空気に触れるとそんな些細な事はどうでもいい事のように思えた。





再会を果たしてから暫くはあの日みたいに飲みに行く事は無かった。というより、行けなかった。
俺にはドラマと映画の撮影が入っていたし、たまに局で見かけた謙也さんも忙しさに疲れきっていたのか喫煙所で倒れて居る所を何度か目撃した事もある。
この世界で忙しいのは有難い事で、不満なんて一個も無かったけれど。謙也さんとの再会を割と喜んでた俺は少しだけ、残念に思っていたりもした。





「クイズ番組の司会?」

芸能界に身を置いてから一年が過ぎた頃、丁度仕事の途切れた途端に謙也さんに呼び出された。場所はあの日と同じ居酒屋で、計られたように席まで一緒。
そこで一杯目のビールが運ばれてきてジョッキをぶつけた直後に言われた台詞を、俺は思わず復唱した。

「そう。四月から始まる新番組でな、候補は何人か上がってんねんけど」
「そこに俺が入ってるんですか?」
「うん。どや、やってみいひん?」

一時期程の忙しさは抜けたのか、すっかり顔色の良くなった謙也さんが軽いテンポで促してくる。俺は一度瞬いて、視線をジョッキに戻してからもう一度謙也さんを見た。

「え、いや……他にも候補上がってるんでしょ?そんなん勝手に決めていいんすか」
「まぁな。けど俺がお前に決めたって言えばそうなるし。財前がやりたいなら決まりやで」

言ってからぐいっとビールを呷る謙也さんの喉元を見つめながら、俺は自分の今後のスケジュールをざっと頭に思い浮かべた。
忙しさに目が回りそうだった去年とは裏腹に、確実に仕事が減っているのには気付いている。ドラマと映画の撮影が予定されてはいるものの、どちらも主演という訳じゃない。
この世界顔と名前を売れるだけ売っても堕ちる時は一瞬だと、俺はもうよく知っていた。そんな時にこの話は、願ってもない申し出で。

「やる、やります。やらせて下さい」
「お、なんや素直やな」
「当たり前や、こんなええ話。ていうかほんまに俺でいいんですか?バラエティとかあんま出た事ないんやけど」
「ああ、お騒がせ系のクイズ番組やないから。不慣れな点は全力でカバーするし」

そう言って笑う謙也さんが、今までで一番頼もしく見えた。そしてこの人と仕事が出来るという喜びが徐々に溢れて堪らなくなる。
被っていた帽子を脱いで頭を下げると、謙也さんは驚いたようで慌てながらも声を潜めた。

「ちょ、財前!お前帽子、」
「バレませんよ、俺程度で。ほんまに有難うございます」
「……よお言うわ、月9俳優が。うん……ほな一緒に頑張ろうな」

少し照れたように視線を泳がせた後、謙也さんは俺に向き直ってすっと右手を差し出した。俺も迷わずその手を握り返して、この仕事を精一杯頑張ろうと心に決めて力を込める。
この時は本当にただ純粋に、そう思っているだけだった。







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