「いたたたた…」
翌朝、目覚めた謙也は何故か痛む腰を擦りながらベッドから降りた。
何だか凄くいい夢を見ていた気がする。凄く気持ち良かったかも知れない。
はっきり思い出せない夢だけれど、不快ではなかった。それなのにこの腰の痛みは何だろう。今日が休みで良かった、こんな腰を抱えて授業など受けたくない。
取り敢えずシャワーでも浴びようと風呂に向かいかけた時。
──ピンポーン。
チャイムの音がした玄関へ向かい扉を開ける。
「はーい」
「おはようございまーす」
扉の向こうにいたのは中学時代からの付き合いがある可愛い後輩。
「もしかしてまだ寝とったんすか?」
「や、さっき起きた。どないしたん急に、入りや」
「あ、やっぱ忘れとる。お邪魔しまー」
「す、まで言えや。…ん?忘れとるて?」
「今日映画行く約束しとったやないですか、いっつも待ち合わせ時間前に来るんに来てへんから」
「え?……ああ!!スマン!」
「ま、ええっすけど。予定変更して謙也さんちでゴロゴロしたりますわ」
「え?」
「…昨夜はお盛んやったみたいやし、辛いやろ」
腰、と続けられ目を丸くする。
言わなかったのに先回りして気遣えるのは、長い付き合いの賜物だけれど。
「…の割には、女の匂いせえへん」
「当たり前やろ、お盛んちゃうし」
「え?」
「何や夢見がなぁ…起きたらめっちゃ腰痛いねん。変な寝方しとったんかもな」
「…何や、そうやったんすか」
あからさまにほっとした息を落とす後輩の頭を撫でた後、冷蔵庫に常備しているカップの白玉善哉とペットボトルのお茶をグラスに注いで出してやる。
「ちょおシャワー浴びてくるし、それ食っといて」
「え、新商品やん!」
「昨日寄ったコンビニにあったんや」
「やったけんやさんあいしてる」
「めっちゃ棒読みやで、光」
光。名前を呼んだ瞬間、一瞬夢の記憶が浮かび上がる。
「…謙也さん?」
早速善哉の蓋を剥がしていた後輩──光が、謙也を見上げる。
「あ、いや…」
何でもない、と続け浴室に消える。
光。ひかる。その名を昨夜の夢で呼んだ気がする。
「…まさかな」
浮かんだ疑問を振り払うように熱い湯を頭から浴びた。
結局夜食までしっかり食べて帰った光を見送り、片付けも済ませてベッドに横になる。腰の痛みは大分良くなったが、身体中が怠い。うとうとと微睡みだした謙也の身体に淡いもやが覆い被さる。
「んっ…」
身動ぎするも意識は浮上しない。夢の中に突入した謙也に、また昨夜の美少女が現れた。
「こんばんは、謙也さん」
「…ひかるちゃん」
「また謙也さんの精、貰いに来ました」
今度は柔らかいクッションが敷き詰められた、狭い空間。謙也は肘をついて上体を起こすと、一糸纏わぬひかるに手を伸ばして制止した。
「…またヤるん?」
「やって謙也さんに種付けして欲しいんやもん」
ふふ、と笑うひかるの手が、悪戯に謙也の性器に絡まる。
「ああ…それともこっちの姿のがええですか?」
「え、」
にこり、と音がしそうな笑みを浮かべた直後、ひかるの姿は良く見知った後輩と同じ──男の身体。
「ッ…!」
「驚くことないっすわ。インキュバスもサキュバスも同一、言うなれば雌雄同体。更に俺等は、憑く相手の理想の姿になって現れるんやから」
「…え、」
「…謙也さん、俺んこと、好きでしょ」
あの光と何一つ変わらない口調で、表情で、確信したように言うひかる。
「ほんまは男…インキュバスの俺は人間の女に種付けする役目なんすけどね。稀におるんすわ、…謙也さんみたいに同性が好きな人」
「ちょ、え、好きて…!」
「やから、特別。…謙也さん、俺を抱いてください」
絡んだままの手が謙也の性器を扱き、いつも生意気を紡ぐ唇がいやらしく舐め上げる。違うとわかっているのに、どう見てもそれは光そのもので。
恋心など自覚していなかったはずの謙也は、それでも昨夜よりも激しくその身体を抱いた。
ひかるの中に幾度も精を注ぎ、同じ性器を夢中で嬲りながら譫言のように囁き続けた言葉は、夢の中に溶けていく。
やがて夜が明ける頃、互いの精でドロドロになった身体に満足した笑みを浮かべながら消えたひかるを見送り、目を覚ました。
「…ひかる、」
呟いた名は、どちらのものかわからない。
けれど、昨日のように忘れたりはしなかった。ひかるを貪るように抱き、好きだと囁き続けた夢を。
「…謙也さん?」
週末、また謙也の部屋を訪れた現実の光。
心配そうに顔を覗き込む彼に、謙也は向き合った。
あれから毎晩、夢の中でひかるを抱いた。
夢魔であるひかるは、最初の時以来女の姿で現れることはなく、ずっと目の前にいる後輩と同じ性で。
だからこそ、謙也は自分ですら気付かなかった恋心を自覚するはめになった。
「あんな、光…俺、お前に言いたいことあんねん」
「はあ、なんすか」
「…好きや」
「……え、」
驚きに目を見開いた光を、ゆっくりと抱き締める。
「好きや、光…」
「っ、謙也さん…」
おずおずと背に回る腕に、謙也は更に腕の力を強めた。
「くるし、っすわ…ほんで、…俺も好き、です…」
胸に埋まった顔はどんな表情を浮かべているかわからないけれど、小さな声はしっかりと耳に届いて。
謙也は光の顔を上げさせ、耳まで真っ赤に染まった表情に笑いながら唇を重ね、押し倒した。