Sweet baby




薫さまからの頂き物
当サイト一万打記念










「今の財前とは話しとうない。
バイバイ。」

普段はにこやかな謙也さんが、苛立ちを隠そうともせずそう告げた。何の躊躇いも無しにラケバを担いで校門を出て行く。遠ざかる足音が、ゆっくりとウチを冷静にさせて。指先に力が入らない。


『Sweet baby』


今日も何時もの様にウチの方が早く部活が終わったので、図書室で謙也さんを待っていた。手持ち無沙汰なウチの目の前には、ボロボロの文庫本。「ぼんやりとした不安」と言う言葉を遺し自ら命を絶った彼の作品は、割と好きだったりする。何度か読んだ其れをパラパラとめくりつつ、窓の外を見遣る。何時もより、少し遅い。

「……あ、」

思わず声が漏れる。普段は人気の無いはずのクラブ棟の裏に、見慣れた金髪が揺れて。しかも、一人では無いらしい。
向かい合う様に立っているのは多分、謙也さん達の同級生で去年のミス・四天宝寺のなんたらさん。高い位置で結った彼女の髪が、さらりとした夕暮れの風に舞う。此処からではよく見えないが、なんたらさんが白い紙の様なモノを謙也さんに差し出した。ラブレター、なるものだろう。差し出された彼は一応受け取ったけれど、申し訳なさそうに(雰囲気で判断)彼女に向かい何か一言発する。こんな場面を目撃するのは初めてであるが、知らないだけだろう事は薄々気づいている。頭を下げ走り去るなんたらさんを見ない様に、そっと活字に目を落とす。夕陽に焼かれる頬が痛い。


「ざーいぜーん。
遅なってごめんなぁ。」

「……大丈夫です。お疲れさんでした。」

一人切りだった図書室に、間延びした明るい声が響く。手元の本をスクールバッグにほうり込んで立ち上がると、謙也さんの大きな掌に頭を撫でられて。其のあたたかさは、嫌いじゃない。安心感に目を細めた瞬間。

「部活終わりに金ちゃんが暴れて部室のベンチ壊しよって。遅なってしもたわ。」

金ちゃん今頃毒手や、と屈託無く笑う謙也さん。其の無垢な笑顔に心の奥がささくれ立つ。彼はさっきの告白場面をウチが見ていたなんて、微塵も思っていない。告白されたら報告して欲しいなんて考えたことさえ無いのだけれど、釈然としないものは膨らむ。今喋り出せば、きっと何も悪くない謙也さんを傷つけてしまうだろう。自分の性分を呪いながら、曖昧な笑みを浮かべ相槌を打った。

部活が終わった後の学校は、昼間の騒がしさとは打って変わり閑散としている。陽気に話を続ける謙也さんの目が見られない。

ずっと、思っていた事。謙也さんは、正直モテる。テニスは全国区で足も速い、成績も其れなりに良いし医者の息子。顔立ちだって白石さんと居るから目立たないだけで、整った部類に入るだろう。だが何より、人当たりが良い。損得考えずに相手を大切に出来る彼は、知らず知らず人を引き付ける。だから周りは何時も笑顔に溢れて居て。なのにウチはどうだろう?謙也さんの隣に堂々と居て良い様な女の子だろうか。否、彼の笑顔を独り占めする度、実は気づいていた。この場所には、がさつでキツいウチみたいな女が立つべきでは無い。謙也さんに似合うのは、本当に女の子らしくて家庭的で愛らしくて。そう、さっきのなんたらさんの様な――。バッグを持つ手に力が入る。

「―そうや、さっき隣のクラスの女子に呼び出されてなぁ。」

相変わらず陽気な謙也さんの声が、そう切り出した。嫌だ、聞きたくない。どうして笑っているの。どうして穏やかな目をしているの。内容が頭に入らない。


「――したら真っ赤になって、ちょっとかいらしなと思ったわ。まぁ財前には「ほな、そん子と付き合ったらええやないですか。」

思ってもみない事を、口走る。あまりに低い自分の声に慌ててみても、目の前の謙也さんにはきちんと届いて居て。訝しげな表情でこちらを見遣る。

「えらいすんません。可愛いげ無くて。」

「なんやねん急に。そんなん言うてんちゃうやんか、」

「ウチなん、がさつやし料理も苦手ですし。こんな彼女、困りますよね。」

「せやからそんなんやないって」

「やったら、最初からウチみたいなん選ばんたら良かったやないですか。そしたら謙也さ「財前。」

業と怒りを煽る様な表現をしたと思う。ウチのまくし立てる喋り口に心底驚いたらしい彼の顔が、段々と赤く染まって。冷たい声が、ウチを呼んだ。

「…言いすぎやで。なんやねんその俺が適当に財前を選んだみたいな。
そんなん、思ってんのか?」

「…………。」

「……は、
もう、ええ。」

そんな事、思うわけがない。悲しみに歪んだ顔も、やっぱり愛おしいとは思ったけれど。引き止められないまま、広い背中を見送った。薄暗がりの中、傍の校門に身体を預ける。力が、入らない。糸の切れた操り人形の様に、くたりと地面に座り込む。涙が出そうなはずなのに、泣く事も出来ず。整わない呼吸だけが、生きているのだと自分に告げている。嗚呼、消えてしまいそうだ。この後悔の念と共に、もう溶けてしまいたい。眩暈がして、そのまましゃがみ込んだ。





「――37.6℃。
微熱やし、今日は寝とき?」

あの後重い身体を引きずり帰宅したのはいいが、ご飯も食べる気にならず早々にベッドへ潜り込んだ。真っ暗な自分の部屋に安心したのか、制服がシワになるのも目が腫れるのも構わずに泣き明かして。
どうしてもっと皆みたいに甘えられないのだろう。どうして傷つけてしまう様な事しか言えないのだろう。大好きなのに、本当は大事にしたいのに。こんな自分、大嫌い。大っ嫌いだ。鳴らないケータイを握り締め、震えながら朝を迎える。気づけば重かった身体は、熱を以ってウチを此処に拘束していた。
学校には連絡したしゆっくりして、と義姉さんに額を撫でられる。ぼんやりと白い指先を目で追うと、睡魔が襲ってきた。今はもう、眠ってしまおう。考える事を放棄して、まどろみに身を委ねた。




「―――ん、」

目が覚めると、飛び込んできた夕陽のオレンジ。ウチの部屋は西日が良く入る。何時間寝ていたのか、トイレに立ったついでにチェストのデジタル時計を見た。
いつもなら、そろそろ部活が始まる頃だ。胸がじくじくと痛み出す。汗で濡れてしまったTシャツを脱ぎ、別の其れを身につけもう一度布団を被る。

謙也さんは、今何をしているのだろう。何を思っているのだろう。もうウチの事なんか、呆れてしまったかな。嫌いになってしまったかな。メールも電話も来ないならと、ケータイは早朝に電源を落としている。また歪み始めた視界が嫌で、無理矢理眠りに就いた。





気づけば辺りは真っ暗だ。熱は下がった様で身体がだいぶ軽い。お腹も空いたし、喉も渇いた。心が満たされぬとも生理現象とは凄いものだ。そんな自分を小さく嘲笑する。電気を点けようと手探りで枕元のリモコンを探していると、温かいものに指先が触れた。甥っ子だろうか。



「え、は………?
謙也、さん…?」

電気を点けると、焦がれて焦がれて仕方が無い彼がベッドに頭を預け、静かな寝息を立てていた。混乱しているウチを余所に、目を覚ました謙也さんは、ふんわりと笑う。大きな手で首筋を労る様に撫でられれば、涙が零れた。この人はどうして。

「…ごめんな、財前。大丈夫なんか?」

「なん、意味わから、」

「昨日、あのまんま帰ったん後悔しててん。暗かったのに一人にして何やっとんねやろなって。怖かったやろ?
しかも今日教室へ謝りに行ったら熱出したー言うし。ホンマごめん。電話しても電源入ってへんかったから直接家へ来たら、お義姉さんが案内してくれて。でも財前寝てたから待ってたんやけど、俺も寝てもたみたい。」

また小さくごめんな、と囁かれる。謙也さんは何も悪くない。悪いのは、八つ当たりみたいな事しか出来なかったウチの方で。きちんと言わなきゃいけないのに、唇は言葉を紡いではくれない。

「…もう俺ん事嫌いんなってもた?一緒に居たくない?」

謙也さんの問い掛けに、大きく首を横に振る。嫌だ、離れて行かないで。可愛くも優しくも無いけれど、彼の隣だけはやはり譲りたく無くて。伝えなければ。震える指先で、目の前の大きな掌に触れる。

「……嫌な事いっぱい言ったし、謙也さんの事傷つけたと思います。でもウチ、やっぱり謙也さんが好きです。むっちゃ、好き。
やからずっと、彼女でいたいです。ごめんなさ、」

涙声は、温かい唇に吸い込まれた。硝子細工に触れる様な、柔らかいキス。額を合わせて、小さく微笑まれた。伝わる体温が酷く愛おしい。

「俺こそ堪忍。
恥ずかしがりなとこも強がりやんに実は甘えたなとこも、笑った顔も怒った顔も



そのままの財前光を、愛しとるよ。」

何時もより低い声で伝わる想いに、胸が鳴く。誰でも無い目の前の彼だからこそ、感じる甘やかな幸福。傷つけ傷ついた分、今日はもう少しだけ浸っていたい。もしもまたいつか擦れ違ったとしても、もう一度繋ぎ直せばいい。
背中に回された腕が離れない様に、目をつぶりそっと祈った。



ついでにあの日のラブレターが白石さんに渡す為のものだったと解るのは、もう少し後のお話。








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スロウレインの薫さまから一万お祝いでいただきましたー!や、やば…!薫さまはまじもんの天才や…!
謙にょた光で喧嘩話をリクさせていただきましたら、私の大好きな風邪ネタまで…!
薫さま、本当にありがとうございました!だいすきです!!




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