embrace/中(謙にょた光)
浮気する。言い訳する。傷付ける。深く深く、傷付ける。オトコノコなんて大っ嫌い。それが今までのうちやった。
元カレと別れたあと、うちを好きやと言うてくれる人は実は結構いた。それでもうちは怖くて。誰とも付き合いたくなんかなくて。寧ろ最近なんて男の子と話すと元カレとのことがフラッシュバックするくらいやった。苦しくて泣きそうやった。大好きな人に裏切られるのは、本間に辛い。
そんなとき、見兼ねた白石部長がうちに紹介したんが謙也さんやった。外見からしてちゃらそうやったし、もううちのことはほっといてほしかったのに。謙也さんは本間に優しくて、あったかくて。そのうち謙也さんと過ごすことに居心地のよさまで感じていた。
今まで男の子は全部元カレと重ね合わせたフィルターで見とったけど、うちは。
うちは、謙也さんだけは本間モンの自分で向き合えてたんや。
放課後、先生に仕事頼まれて一人で教室に残っとった。窓の外を少し覗くと、コートを嬉しそうに駆け回る謙也さん。気が付くとうちは自分の頬が緩んどることに気付いた。しかも、それだけやない。胸の奥がきゅっとする。痛むときもある。でもそれ以上にあったかくもある。
「光、久しぶりやなぁ?」
「…………っ!!」
気がつくとドアのところには元カレが立っとった。髪は明るく染め上げて目は相変わらず笑ってへん。全身に鳥肌が立つ。いやだ、来ないで、来ないで。
「相変わらずつれへんやっちゃなー。笑えばかわええのに、なぁ?」
「………」
「ひかるぅ、最近一個上のオシタリ先輩とええ感じらしいやん?」
やめろ。あんたに謙也さんの名前を呼ばれたくない。
「あんなやつより、俺のがええやろ?なぁ、俺とより戻さへん?別れてからひかるの大切さ分かったんや。今度は絶対おまえだけやから!」
今度は、絶対、おまえだけ?
掴まれた手を、振り払った。
「触るな、腐る」
「っは…!本間可愛ない女。もうええわ、つまらん。おまえ調子乗んなや」
「うるさい、もうどっか行けや」
「……オシタリ先輩ってやつも、おまえのこと遊びで近づいとるだけやで!」
気がつけばぼろぼろ涙は止まらんくて、目の前には謙也さん。悲しくて仕方ない気持ちをどうにかしたくて、思わず今あったことを話した。謙也さんはうちをぎゅって抱きしめて背中を摩ってくれた。ほら、うちはこの人に遊ばれてなんかない。
「謙也さん、おおきに。謙也さんがおってくれてよかった」
心から、そう思う。いつもは恥ずかしくて言えないけど、今日はちゃんと伝えれた。やって、謙也さんがおらんかったらうちは辛いままやった。一人で泣かなきゃいけなかった。うちはものすごく謙也さんに救われたんやもん。
すると謙也さんは一瞬真っ赤になって、そのあとぐんと距離が近づいて。
(キ、ス…された?)
「っ、…ぃや……!」
気付いたらうちは謙也さんを突き飛ばして走りだしてた。頭の中では、考えたくないのにぐるぐる回るあの言葉。
(オシタリ先輩ってやつも、おまえのこと遊びで近づいとるだけやで!)
いやだいやだいやだ、いやだ。うちはもう十分傷ついた。謙也さんもうちから離れていくんですか?うちはそないに都合ええ女ですか?
謙也さんのこと信じたいのに、信じきれへん。うちって阿保やな。
付き合うとるわけでも、ないのに。
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