3.safety safely
「bitter ambiguous」「wrong affection」の続きです
俺が好きになった彼は、最低な男やった。とびきり素敵な恋人がいるのに、可愛げのない後輩と浮気してしまうような、最低な男。
でも俺は人のことなんか言えへんけど。
「財前、明日一緒どっか行こ」
「はぁ、まぁええですよ。ほか誰か誘います?」
「…ふたりじゃ、あかんかな」
「まぁ別にええですけど」
「…財前、俺が言いたいこと分かっとる?」
「分かってますよ。買い物行きたいんでしょ」
「デート、したいねん」
只の仲ええ先輩後輩だった謙也さんと俺。でも、彼は俺を好きやった。
謙也さんは本間にええ人やった。花に例えるなら向日葵。天気の例えるなら晴天。そんな人やった。そんな彼が俺を好きやなんて、正直少し嬉しかった。ちょうどこの時は千歳先輩と関係を絶ったばっかりで、寂しくて仕方なくて。やからこそ謙也さんの存在はありがたかった。二人で出かけることも多くなった。
せやけど、あかんねん。俺は白石部長の、千歳先輩の幸せを奪った。俺といると、謙也さんまで不幸にしてしまう。俺は、謙也さんに切り出した。距離を置くことを、だ。
「謙也さん、」
「おう!なんや?」
「あんた、俺のこと好きやろ?」
「おう…ってええぇえええぇ?!」
「やめといたほうがええですよ」
「は、」
「俺に幸せ奪われますよ」
「なんやねんなそれ、意味分からん。そんなん納得できへん」
「やって、」
「光、聞いてほしいことあるんなら素直に話して」
「…聞いたら謙也さん、きっと後悔します」
「俺は後悔せぇへん。やから話せ。な?」
何も言わずに突き放そうとしたはずやのに、結局謙也さんに全部話してしまった。謙也さんを遠ざけるためやった。こんな最低な俺の近くにいたらあかんですよって。でも本間は謙也さんの言うとおり、誰かにこの苦しみを聞いてほしかったのかもしれへん。やって、あんなふうに聞かれたら、思ってしまうやんか。この 人になら話しても大丈夫かも、って。
「……謙也さん、これで分かったでしょ。俺最低なんです。聞いてくれてどうもっすわ。それじゃ…」
「光は悪ないよ」
「え」
「こんなこと本間は言いたくないけどなぁ、いっちばん悪いのは千歳やで。…でも正直千歳羨ましいわ。光にこんな風に思われるなんて」
「軽蔑、したんならしたって言うてください」
「やからしてへんって。もっとはよ言うてくれたらよかったのに。ひとりでずっと辛かったんやろ?」
駄目だ。このままじゃ甘えてしまう。優しい謙也さんに甘えてしまう。また人を傷つけてしまう。傷ついてしまう。
「謙也さん、あんた何も分かってへんです。俺はこのままやったらあんたの優しさに甘えようとします。一人の寂しさを拭うためにあんたを利用します。きっと傷つけます。…誰かを不幸せにする幸せは、あったらあかんのですよ」
渾身の一撃のつもりで言うたのに、謙也さんは優しい表情で微笑んでいて。
「かまへんよ。光、寂しいなら俺に甘えてええよ。利用してくれてもええ。誰も不幸せになんかならんよ。…俺は光が好きやから、光と一緒におるだけで幸せやねん」
気づいたら俺の目からは大粒の涙があった。ぼろぼろ流れて止まらへん。ごしごし擦ったら謙也さんが「赤くなってまうからあかん」って俺の腕を掴んだ。
「あんた、阿呆やないですか。こんな馬鹿な男のこと好きやなんて」
「うん、俺阿呆やねん」
「あんたのこと利用するとか言うとるんですよ」
「そんなんかまへんって」
「それでも好きや言うなんて、本間ありえへん!」
「そんなん、理由なんて千歳を好きやったお前と一緒やで」
俺は傷ついても罪悪感を抱えても寂しくても千歳先輩が好きやった。純粋に彼のことが好きやった。心はやっぱり痛んだけど、幸せを感じたのも事実やった。
「…謙也さん。来週も二人でどっか行きませんか」
「おう、ええで!」
「ちょっと、ちゃんと意味分かってます?」
「ん?」
「デートの誘いですよ、これ」
真っ赤になった彼は、きっと自分を幸せにしてくれる。自分はきっと、今が幸せになる時なんだ。もう泣きたくない。
俺はきっともう大丈夫。前を向いて生きていける。自分の手で謙也さんを幸せにしたいって、そう思えたから。
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