蛍 | ナノ





ーーー百年に一度だけ、川辺が光り輝く日が訪れる。

暗がりに水が溢れ出し、迷子になった魂が其処を彷徨う。

夏の夜にそれを見つけた者は、いなくなった大切な人と再開出来るーーー





古くから木の葉に有る「蛍」という迷信だ。最近は廃れてしまったが昔は沢山の忍がこの迷信を信じ、光り輝く川辺を求めて里中を彷徨った。
…忍は、普通の人々よりも多く身近な人の死や最期を目にしている。そんな忍達が「いなくなった人にもう一度会いたい」と願うのは、自然な事だった。

しかし、幾ら望んでも迷信は迷信のままだ。
今まで、誰一人として「蛍」を見つけた忍者は居ない。



「…どう?」

「…」

「気になるでしょ」

「下らない話だ」

「何処が下らないと思う?」

「無駄な夢を見て何になる」


ネジの台詞に向かって確かに、と呟くと、フウリンは麦茶の入ったグラスを手に取った。
縁側に飾られた風鈴が風に揺られ、物憂気な二人の表情を更に冷ます。


「下らない話と、面白い話は紙一重だよ」

「どちらにせよ、どうでも良い話だ」

「死んだ大切な人に会えるのって、君からしたら「どうでも良い」話?」


一瞬、会話に間が空く。
フウリンは柔らかに微笑み、ちらりとネジに目をやった。


「ほーら、どうでも良くない。面白そうでしょ?」

「……」

「まあ良いや、今から素麺でも作ろうか?美味しいよ」

「…ああ」

「了解」


麺を茹でてくるね、と言ってフウリンは席を立った。
残されたネジは麦茶を口に含み、空を見上げた。

彼はフウリンの淡々とした軽い口調が気に入っていたが、同時に的を射た鋭い指摘や発言が苦手でもあった。





「ほい、素麺」


ネジと自分の間に素麺、箸と麺つゆを置き、フウリンはまた縁側に腰掛けた。


「明日辺りは蕎麦でも作ろうかな、君の好物だし」


勿論好物は食べたい。ネジは首を縦に動かし、箸に手を伸ばした。そして真っ白な素麺を何本か摘まみ、麺つゆにつけた。
…此奴はいつもオレを「君」と呼ぶ。何故かは分からないが、数年前に知り合った時からずっとそうだ。


「…蛍、か」

「そう。死んだ人に会えるって、中々面白いよ」


フウリンの言う「死んだ人」がネジの父親、日向一族を守る為の犠牲になった日向ヒザシを指しているのは明確だった。
それに気付いたネジは舌打ちをし、フウリンを睨んだ。


「黙れ、お前には関係の無い事だ」

「分かってる、首を突っ込んだりはしないから」

「してるぞ」

「君の早とちり。私はヒザシさんの事なんて一言も口に出してない」

「黙れと言っただろう」

「はい、言い過ぎた。ごめん」


微かに感じる憤りはそのままに、ネジはまた素麺を摘まんだ。




蛍、か。
脳内で繰り返してみた。


もしかしたら、本当にもしかしたら。
死んだ父親に再会出来るかもしれない。

淡い期待がネジの中に渦巻き出したのは、本人すらも気付いていなかった。




…………
初中編。初音ミクさんの「蛍」という曲が元になっています。
聞く度にネジさんを重ねて号泣してしまう曲です。


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