蛍 | ナノ




―――笛の音が鳴り響き、魂は遠く離れた場所へと向かう。

一度限りの走馬灯と共に、笛の音が響き渡る―――




もしこれが何処かの小説のヒロインや、映画の突飛な主人公の行動だとしたらまだ許容範囲だ。
現実でやられると、迷惑極まりない。


...何故だ。
何故、オレは彼奴と二人で山を旅する羽目になっているんだ。

幾ら天才と言えど、日向ネジも一人の人間だ。状況が掴めなければ普通の人間と同じ様に困惑する。そこまで特別な人間ではない。
それに、彼女は気付いているのだろうか。



飄々と上り坂を行く雨露に、ネジはもう何度目か分からない質問をした。


「一体何処へ行くつもりだ?」

「勿論、教えないよ」


これも、何度目か分からない答えだ。

そもそも、今日は任務があった筈だ。
その任務が突然キャンセルされ、テンテンとリー、ガイ先生は三人で里の外れの方に出掛けてしまった。
そうして一人残されたネジを、雨露は半ば無理やり山へと連れ出した。

...全て此奴の仕業じゃないかと疑ってしまう。


今、雨露はかなり大きなリュックを背負ってネジの前を歩いている。
恐らく、数日分の食料は入っているだろう。
少なくとも二日は、日向家には戻れないと悟った。


雨露が立ち止まり、ネジの方を振り向いた。
一般人にとっては辛い急坂なのだろう、軽く息を切らしている。


「君、この山に登った経験は?」

「いや、初めてだ」

「ふーん...じゃあ、この山にある川の事も知らないかな」

「川?」

「昨日話した「蛍」が、あるかもしれない場所」


またそれか。呆れる。
此奴が迷信を信じるのは勝手だが、それに付き合わされるのは迷惑だ。
先程歩いた道を引き返そうと、雨露に背を向ける。


「オレには関係無い話だ。帰るぞ」

「良いじゃない。蕎麦は今度作るからさ」

「下らん」

「あー、ちょっと」

「......」


返事すらせず歩き出したネジに雨露が慌てて近付いていき、さっと両手を伸ばす。
そして、ネジの右手を握った。


「......おい」

「御願い」


雨露の目を覗くと、いつになく堅い表情でオレを見つめていた。
そこまで「蛍」を見つけたがる理由が自分にある事は、もう分かっていた。

だが、それ以上に。

声色と同じ、淡々としている此奴の目の光が、今日だけはとても鋭かった所為か。
此奴の手が、何故か震えていたからか。


これ以上、拒絶の言葉を吐く気にはならなかった。


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