「鬼はー外、福はー内」
「……何やってんですか」
「豆撒いてるのよ」
アレンも一緒にどう?と奇怪な行動を強要してきたのは、元アジア支部の科学班であり、最近本部に異動になった女の子。アジア支部にいた頃から面識はあり、噂もそれなりに聞いていた。アジア支部の女性はどの支部にも人気があるが、その中でもずば抜けて人気が高いと。また人気だけではなく、科学班員としても非常に有能なので、あのバク支部長の片腕として重宝されているとも。
楽しそうに豆を入れた器を差し出してきた紫に、にっこりと笑いかけた。
「面白そうですね。是非ご一緒させてください」
「やったー」
「それで、この豆は何ですか?」
「これをね、"鬼は外"って言いながら投げるんだよ」
「オニワソトー」
「痛い、痛い…!」
「あれ?僕間違いました?」
「間違いだらけだよ!何で私に向けて投げるの?この豆は邪悪なものを退治するために投げるんだよ?鬼に向かって投げるんだよ!」
「オニワソトー」
「痛い、痛い…!」
ネジ巻きのおもちゃみたいにくるくる逃げ回る彼女を見て、自然と口角が上がった。それに気づいて、すぐにポーカーフェイスを装って微笑モードの顔を張り付ける。
「わ、私が邪悪だって言いたいの…!?」
「そんな、まさか」
「じゃあ今まさに放たれようとしてるその豆は何?」
「すみません、左手が勝手に」
「クラウン・クラウンに邪悪と判断されたって言いたいの…!?」
「そんな、まさか!」
涙目かつ、上目使いで睨んでくる紫にまた口角が上がった。前々から気づいてはいたが、彼女と話していると自然と顔がにやけてしまう。もちろんそれはいつでも常にというわけではなく、とりわけ彼女と2人きりで話している時によく出てしまう発作のようなものなのだが。その上紫と2人になると、何故か彼女のことをいじめたくて仕方なくなってしまうのだ。女性の涙目を見るのが楽しみだなんて、紳士としてあるまじき愚行であることは分かってる。そんな行動を起こしてしまう理由が分からなくて対策を打てずにいたが、いよいよ人間関係、殊紫との信頼関係に支障をきたすと判断し、改善を試みた。
その結果がこれである。
「アレンは、なんで私にだけそんなに意地悪なの」
「何ででしょうね」
「アジア支部にいた時もそうだよ。去年はバク支部長と豆撒きしたって言ったら、その後私の机にドリアンクッキー置いたでしょ。あれ本当に臭かったんだからね。しばらく私の班員みんなドリアン臭かったんだからね!」
「そんなこともありましたっけね」
だって仕方がない。"豆撒き"というものを知らない僕にとって、バクさんと彼女が何かよくわからないことを2人で楽しんだ、という事はそれ即ちいかがわしいことを意味していたのだ。若さゆえの過ちである。
「それで結局"豆撒き"ってなんだったんですか?」
「?今してるじゃない」
「なるほど、SMですか」
「違うよ」
「だって、君が豆をぶつけられて喜ぶ祭りでしょ?」
「喜んでないじゃん。そもそも私にぶつけるんじゃないんだけど」
「またまたー」
「アレンのそういうところ、本当に嫌い」
そう言うと、彼女はぷい、とそっぽを向いてしまった。拗ねてそんなことを言うなんて、存外可愛い人である。彼女の意外な一面が見れたことを喜ばしく思う。ええ、本当に、喜ばしく……
「、痛い!」
「……」
「な、なんで無言で豆投げてくるの…?」
「…君が悪い」
「ど、どうし、痛い…!」
「君が、悪いんだ…」
不思議そうな顔をして、それから少し心配そうに僕の顔を覗き込んだ彼女は、その甘い声で僕の名前を呼ぶ。その行動のすべてがたまらなくて、思わず口走った。
「君が僕のこと、嫌いなんて言うから…」
持っていた残りの豆をすべて彼女の腕に押し付けて、脇目も振らずに走り出した。顔から火が出そうで、穴に埋まりたい気分で、今すぐここからいなくなってしまいたかった。全速力で迷路のような廊下を走り抜けて、ようやっと人気のない場所にたどり着く。先ほどの自分の言葉を思い返すと、また色々なものが爆発しそうになり、頭を振って押しとどめた。窓の外から差し込む光に目を細めて、熱を持った顔を手で覆った。
「……しくじった」
鈍感な赤鬼
(鬼さんこちら、手のなる方へ)
20140206
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