「ばべ、ばぶべんべー」
「どうしたモヤシ、時差ボケか」
「時差ボケって言語を忘れる病気なんさね」
「怖いね時差ボケ」
じゃがいもを口に詰め込んだままのアレンは、飲み込む傍らでこちらを一睨みした。いつもなら何かしらそこで応戦しそうなものだが今回は違う。ショウウィンドウの並ぶドイツの街並みを指さしながら目線で訴えてきた。
「"エロティックショップ"?ウォーカー君行きたいの?」
「違います」
そこじゃなくて、とアレンがもう1度指示した先にはドイツ人にしては小柄な男が1人。
「あれ、バク先生じゃないですか?」
「え、まじかよ」
「バク先生?」
「夢食いの化け物か!」
「神田は日本に記憶を落としてきたんですか拾って来いよ。僕たちの担任だったバク先生ですよ」
神田が、ああ、なんだと落胆したようなため息をついたちょうどその時、件のバク先生とやらもこちらに気が付いたのか笑顔で歩み寄ってきた。
「よう、誰かと思えばお前らか。何してるんだ?」
「先生こそ何してるんさ。失業中?」
「春休み中だよ。この間まで面倒見てやってた担任になんてこというんだこの糞餓鬼」
「ドイツで女あさりですか」
「いい加減怒るぞ。ドイツには先祖の家があるんだ。その関係でな」
「あ?お前中国人じゃなかったか?」
「お前じゃなくて先生な、神田。ドイツ系中国人だよ」
「なんですか系って。なんなんですか。なに系でもない俺系ですか」
「お前らはどうしてそう担任に対する態度が厳しいんだ」
もう諦めましたとでも言うように遠い目をしたバク先生。とがっつり目があってしまった私。その瞬間に大げさともいうべき驚き加減を見せたバク先生は、次の瞬間には人間とは思えない俊敏さでウォーカー君とラビくんの頭を地面に叩きつけた。
「申し訳ない!」
「え?」
「こいつら人間の女とみると見境がない馬鹿なんですごめんなさい」
「いや、あの、私は彼らが通っていた塾の講師で、」
「は、まさかもう被害に合われて…!」
「合ってません」
「いってーさ!なにすんだこのチビ」
「成長期の少年の頭掴んで何してくれてんですか馬鹿教師。先生みたいに小さい人間になったらどうしてくれるんですか」
「お前ら海外来てまで何してんだ、この馬鹿生徒ども」
「何もしてないさ、まだ!」
「言いがかりもはなはだしいですよ。僕らのことがそんなに信用できないっていうんですか」
「信頼されてると思ってるお前らが怖いよ俺は」
目の前で繰り広げられる罵倒の応酬は、普段の彼らからはとても想像できないような内容を如実に物語ってくれる。どうやらこの2人は高校内では相当なプレイボーイで通っていたらしい。ただ1人、唯一先生の激昂を回避した黒髪の少年だけが、またかとでも言いたげな表情でその光景を見つめていた。
「神田君はあっち側ではないのね」
「あっち側?ああ、ダークサイドのことか」
「え?ああ、え?」
「俺は暗黒面には落ちない」
「そうか。話が通じないから女の子も告白できなかったのか」
「俺は大学に行ってジェダイマスターになるんだ」
「君の行く学部は経済学部だよ」
「ガイアが俺にそう囁いたんだ」
「バクさん、貴方高校でこの子達にいったい何を教えたんですか」
「むしろ一般教養しか教えてないんですけどね」
「俺はまだ先生に何もしてねぇさ、まだ!」
「世界中の女の子を平等に愛すのが紳士のたしなみです」
「フォースよ、俺に宿れ!」
「……」
「…なんか、すみません」
卒業旅行に行こうB
(恐ろしい高校があったものだ)
20120801
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