「あ、」
「あれま」
空に向かって紫煙を吹いた午後1時。屋上の扉が開いて現れたのはわたしが受け持つクラスの学級委員長、ウォーカーだった。
チラリと壁に目をむければでかでかと張りつけてある校内禁煙のポスターに少しだけ罪悪感がつのる。
「1本ください」
「……このポスター見えないの?」
「その言葉そのまま先生に返します」
ここはギブアンドテイクで行きましょうと右手を差し出す彼に渋々1本の白い棒を渡した。
「教師脅すなんていい度胸じゃない」
「あなたこそ教師のくせに卒業式さぼるなんていい度胸じゃないですか」
「え、バレてたの」
「どう考えたらバレないと思えるんですか。僕はあなたのクラスの生徒ですよ」
「もしかしてうちのクラスの生徒たちの名前呼ぶのわたしの仕事だったり……?」
「……」
「うっわマジかよ」
「知らないことにビックリですよ。普通予行とかで気づくでしょ」
「予行バックレたもん」
「……」
「あ、今"なんでこいつ教師になったんだろ"って思ったでしょ?聞いて驚け、なんと渋谷でスカウトされました」
「芸能界かよ」
「驚いた?」
「ええ、自分がそんな学校に3年間もいたことに驚きました」
「卒業できてよかったね」
「ホントにね」
煙草を燻らせて空を見上げる。となりの少年も同じように空に紫煙を飛ばした。
「ウォーカー、」
「……はい」
「卒業おめでとう」
彼と出会ってから3年もたったのかと月日の流れの早さをあらためて感じる。年をとるわけだ。涙腺が緩くなるのもうなづける。
「変わりませんね、あなたは」
「……」
「はじめてここであった時も男にボロ雑巾のように捨てられたって泣いてましたよね」
「ボロ雑巾とか言ってないけど…」
「ピュアで天使のようだった僕は無理矢理飲み屋につれてかれてヤケ酒に付きあわされたっけ…」
「その割りには飲み屋のオヤジ潰しまくってイイ笑顔してたよね」
「あの時思ったんです」
「ねえウォーカー、なんでそんな無意味に脚色するの?」
「この人は放っておけない馬鹿女だって」
「……」
誉めてるのか貶してるのかよくわからないが、言わんとしてることはなんとなく分かる。本当になんとなくだけど。
「あなたは馬鹿です」
「え、貶し決定?」
「教師のくせにサボるし遅刻するし授業嫌いだし」
「ごめんなさいおっしゃる通りです」
「変な男にひっかかるしすぐ泣くし貧乳だし」
「か、返す言葉が…ありません…」
「すぐ浮気、しそうだし」
「…なッ!」
「しないって言えます?」
「しないわよ!失礼な」
「絶対?」
「絶対」
「へぇ」
ウォーカーは煙草を消しながら笑った。
へぇって何それ。
「4年待ってください」
「4年ねぇ?……嫁き遅れにする気?」
「それまで浮気でもなんでもしてくれて構いませんよ」
「だからしないっつの」
「また奪うだけですから」
「……」
どうして気づかないかな。
こんなに策士なのに。
「……ご自由にどーぞ」
ターゲット、ロックオン
(もうとっくに奪われてる)
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