#
7
「やあ、納言」
「おや、これはこれは赤司クン。女子便所まで何の御用ですか」
「相変わらずだね」
「そうかな?」
昼休みもそろそろ終わろうかという午後のひと時。午後の授業に向けて準備を万端にしておきたい生徒の鏡のような私は、クラスから少し離れたトイレまでやってきた。何故クラスから離れたトイレにするかというと、そこに行くまでに彼氏様の教室の前を通らなくてはならないからだ。生徒の鏡と同じく、彼女の鏡でもある私は、毎回このトイレを利用する際には彼氏様にちょっかいを、いや、恋人の甘い会話を掛けることに努めている。
だから驚いた。何故このトイレの前にバスケ部主将がいるのか。しかも何故女子トイレで、何故私の顔を見て、さもありなんという表情をしているのか。
もしかしたら、もしかする。
「ちょっと話があるんだけど、今いいかな?」
「悪いんだけど、彼氏いるから、そういうのはちょっと…」
「何を勘違いしているのか、理解できないししたくないけど、そういうのじゃないよ」
にっこり笑いながら、子どもを諭すように言われた。心外である。
「時間もないから手っ取り早く言うけど、マネージャーになってくれないかな」
「どこの?」
「バスケ部の」
「非常に残念なんだけど、私帰宅部だから」
「つまり放課後の膨大な時間を持て余してる、ということかな」
「…帰宅部全国大会の予選を控えてるんだよ」
「それじゃあその大会は潰そう」
「なんたる暴君」
「俺の言うことは?」
「ぜったーい」
「それで、マネージャーになってくれるんだね?」
「私に頼まなくても、さっちゃんがいるじゃん」
「桃井は1軍にかかりっきりになってしまうからね。人数が足りないんだ」
「私、雑用とかできないよ。お茶碗は洗い始めて3秒で割るから」
「納言に家庭的なことは求めてないよ」
「なんと」
「参謀になって欲しいんだ」
君は非常に面白い価値観の持ち主だからね
いつもそう言って人のことを持ち上げるこの人は、人たらしの天才である。その端正な顔立ちと明晰な頭脳と立派な家柄でどれほどの人間をたらしてきたのだろう。この人にそんなことを言われたら、もしかして自分には本当にそんな才能があるのかもしれないと思ってしまう人間も多いのだろう。
しかし私はそんなに単純にはできてない。今だって彼と自分の会話を冷静に分析してしまうのだから、引っかかりようもない。面倒なことには極力首を突っ込みたくないので、断ることを決意した。
「ちゃんと報酬も出すよ」
「いくらですか?」
「君のそういう即物的なところ、俺は好きだよ」
「いや、そういうのいいんで。いくらなの?」
これくらい、と赤い彼が指で示した額は、中学生のお小遣い事情からは破格の数字だった。なるほど、部活で拘束されると考えると下がるテンションも、バイトで金を稼ぐためと考えたら俄然上がって来るものがある。多少の犠牲は払うにしても、承諾する価値は十二分にあるだろう。
「納言には一石二鳥の話じゃないかな」
「一石二鳥?バイトと、あとは?」
「黒子テツヤ」
「……」
「付き合ってるって聞いたけど」
「!?」
「驚いてる君に驚くよ」
「いや、黒子くんが私にとって一石投じてでも手に入れたいものだと思われていることがびっくりで」
「ああ、もしかして納言も俺と同じなの?」
「同じ?赤司クンも黒子くんと付き合ってんの?」
「それはスキャンダラスだね」
「違うの?じゃあ何?」
「君も黒子テツヤを利用してるんだろ」
「……」
赤司クンのパッチリおめめが射抜くように見つめているその瞳の中には、アホみたいに口をぽっかり空けた私が映っていた。
何言ってるんだろうこの人は。
「黒子くんにコンパクトサイズ以外の利用価値なんてあるの?」
「…君はどうして黒子テツヤと付き合ってるんだろうね」
「…さあ?」
心外な彼女7
20130708
≪ ≫
戻る
Top