心外な彼女 | ナノ
#
 番外




「清少さん」

「…なあに?」


名前を呼ばれた理由など最初から予想がついているのに、もったいぶった声色で振り返る。まるで何も、本当に何も知りません、というように。純真無垢を装って。
そんなのこの人に通用しないことなんて初めから分かっているのに。


「また君ですね」

「なんのこと?」

「僕の机にこんな本が」

「やだ、黒子くんのえっち!」

「君が置いたんでしょう」

「乙女になんてもの見せるのよ!」

「本当の乙女ならこんなもの買わないです」


冷静に一言一言返す目の前の男の子は、呆れたような表情でその手に掴んでいたピンクのあはんうふんな本をこちらに投げてよこした。心外である。この本を私が?こんなに純真無垢で穢れというものを何一つ理解していない、人畜無害の象徴たる私が?黒子くんの机の上にR18と書かれたエロ本を置いたと?


「本当に思っているの?!」

「レシート」

「え?」

「その本に挟まってたレシートに清少さんが昼食に食べてたチョコメロンパンが書いてあります」

「ガッデム」

「学校の最寄りのコンビニでそんな本買わないでください」

「あそこのR18本なかなか良質なんだよ」

「世界で一番いらない情報をありがとうございました。今すぐ脳内削除することをお勧めします」


将来絶対必要な知識だよ、と自信満々にガッツポーズを決めたら舌打ちをされた。おかしい、青峰に教えてあげた時はこの世にユートピアを見つけたような勢いで感謝されたのに。こんなのおかしい。


「黒子くんは、なんというか頭おかしいよね」

「清少さんにだけは言われたくないです」

「中1の男の子なんてエロいことで頭がいっぱいな時期なんじゃないの?箸が転がってもエロいこと考えるんじゃないの?」

「誰に聞いたんですか、そんなこと」

「青峰に」

「青峰君の頭がおかしいんです」

「なるほど」


彼が溜息をつくと同時に予鈴が鳴る。5時限目が始まる合図である。
つまり、わざわざ文句を垂れるために私のクラスまでやってきた彼が帰らなくてはならない時間なのだ。


「じゃあ、もうこんな馬鹿なことはしないでくださいね」

「……」

「清少さん、返事は…」

「もう帰ってしまうのかい?シンデレラ」

「……」

「せめて君の麗しい上履きを置いて行ってくれ。君を探す目印にしたいんだ」

「…清少さん」

「あいらーびゅーまいはにー」

「わかりました僕の上履きは次の時間まで持っておいてください」

「え?いいの?言ってみるものだね」

「その代り君のその役立たずな舌を切り落としてもいいですか?」

「ごめんなさいもうしません」


言うと同時にジャパニーズ土下座を決め込んだ。仕方ないですね、とまた溜息をついた黒子くんは優しい声で私に語りかけた。


「顔を上げてください、清少さん」

「黒子くん…!」

「ほら、どうしたんですか?」

「いや、黒子くんこそどうしたの?怒ってるの?」

「僕が?許すつもりで顔を上げろと言ってるのに?怒ってるわけないじゃないですか」

「いやいや怒ってますよね!完璧におこですよね!?激おこですか!?」

「ははは、何を言ってるんですかまったく」

「笑ってないで頭からおみ足をどけてください!」

「ああ、ごめんなさい気が付きませんでした」


段ボールかと思ってという彼の言葉が私を震撼させた。曲がりなりにも中学1年生という華の時期の女の子を捕まえて段ボールってどういうことだおい。ぺらっぺらで夢もへったくれもねーじゃねーか。


「お詫びにこれでも持っておいてください」

「これは…」

「いらないなら返してください」

「いえ、いります!次の時間まで貸してください!」

「…それもそれで気持ち悪い」


初めて納豆を食べたときの外国人のような顔で私を貶した黒子くんは、それじゃ次の時間に、とだけ言うと颯爽と教室を去って行った。

上履きを1つだけ残して。

上履きを1つだけ持って愛する人を見送る私はさながらシンデレラの王子様。ほう、と溜息をついて自分に酔っていると後ろに人影が現れた。


「お前何してんの」

「青峰」

「何でテツの上履き持ってんの、きしょ」

「シンデレラの王子様みたいでしょ?」

「ストーカーの間違いだろ。大体お前それで何する気だよ」

「何って、」

「どうせあれだろ?画鋲入れていじめるんだろ?お前最低だな」

「まだ何も言ってないじゃん!しないよそんなこと!そうじゃなくて、」

「そうじゃなくて…?」

「ぷ、プレゼント…を、」

「……」


フリーズした青峰は、お前何言ってんの?お前がテツに嫌がらせ以外のことすんの?え?なんで?という表情で私を見つめた。心外である。


「く、黒子くんもうすぐ誕生日でしょ?本当はバッシュとかあげたいんだけど、そんなお金ないからシューズ入れでも…」

「はっ!それに画鋲入れるのか!なんだ俺はてっきりお前が好意でテツにプレゼントしようとしているのかと」

「完璧に完全に1から10まで好意だよ。画鋲から離れろ」

「え、なんで?お前普段からテツに嫌がらせしかしてないじゃん」

「嫌がらせって、」

「ロッカーに油性ペンででっかいハートマーク書いたり、下駄箱の名札で相合傘作ったり、傘忘れたフリしてテツの傘奪ったり」

「……」

「嫌がらせじゃなかったら何なんだよ」

「だって、その度に黒子くんが教室まで来て反撃してくるから…」

「え、なにお前マゾの人なの?」

「ちげーよ」


意味わかんねー、と分かろうともしない空っぽの頭を抱えた青峰を無視して席に着いた。
分からなくていい。分かってしまったら恥ずかしい。こんな女々しい自分、私も嫌なのだから。


「名前呼ばれたくて、嫌がらせしてるとか、」


絶対言えない









あなたの紡ぐわたしの名前の
愛しいこと















20130711




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