打ち明ける
「あ、黄瀬くん」
神社の境内へ続く登り道で、その凛とした声は響いた。鈴が鳴るような音で紡がれたその声は、他の誰でもなく俺を呼び止めるためのもので。その声の主が誰だかなんて分かりきったことなのに、わざと焦らすようにゆっくりとした動作で振り返って応えた。
「小町…っち?…あ、」
「あは、やっぱり黄瀬くんだ」
予想外だ、想定外だ、反則だ!
一気に頭を駆け巡った言葉は、しかし何1つとしてまとまることはない。ただ1つの言葉だけがまるで予め用意されていた言葉かのように、頭に浮かんで勝手に口からこぼれていた。
「着物、似合ってる、っす」
「ありがとう!黄瀬くんも私服格好いいね」
「いや…そんな」
もっとうまい返しとか言葉とか、色々あるはずなのに彼女の前ではその全てが意味をなさない。恐れ多いと彼女の前に出たがらない言葉たちを何とか押し出して、必死に会話を続ける。モデルが聞いて呆れる、なんて思うけれど、こればかりは仕方がないのだ。
「黄瀬君はお参り?」
「あ、うん。バスケ部で初詣っす。小町っちは?」
「私も初詣!それにしても黄瀬君目立つね。周りの女の子みんな見てるよ」
「まあ一応モデルっすから」
「あは、モデル!」
「なんで笑うの?え、なんで?」
「かっこいいよね!」
「セリフの後ろに(笑)が見えるんすけど!」
そんなことないよ、と笑う彼女。こうやっていつも彼女は笑う。他の女子が褒めてもてはやすこのスペックも、彼女の前ではただの話のネタのような扱われ方。
最初はムカついたんだ。他の女なら簡単に口にする言葉も、彼女からは引き出せない。他の女なら簡単に落ちる言葉にも、彼女は無反応。気づいたら俺が落ちて、こんな様。
境内まであとメートル。ゆっくり歩いていたはずなのに、あっという間についてしまった。先輩たちとは境内前で待ち合わせだから彼女とはここで別れなければならない。新年早々運使い果たしちゃったかもなんて、らしくもなくため息をついた。
「もうすぐ2年生だね」
「そうっスね」
「黄瀬君と出会ってからもうすぐ1年か。早いね」
「うん」
「今年もよろしくね」
「うん」
「今年だけじゃなくて毎年よろしくね」
「うん」
「……」
「…え?」
「あ、先輩いたよ、黄瀬君!」
「え、ちょっと小町っち」
「私も友達と待ち合わせてるから行かなくちゃ」
「ちょっと待ってよ、え、ええ!?」
「じゃあね、黄瀬君!また学校で!」
「うん、じゃあね!…って違うっすよ小町っち!」
赤く踊る振袖が人ごみに消えるまで、俺はそこから目が離せなくて。勘違いじゃないのかな、自惚れてんじゃないのかなって何度か頬をつねってみた。だって小町っちの耳真っ赤だったし。いや、寒さのせいかもしれないけど。でも頬っぺたも真っ赤だったし。いや、寒さのせいかもしれないけど!
「おい、何回も呼んでんのに何してんだよ黄瀬!」
「笠松先輩、」
「あ?」
「俺、春きちゃったかも」
「はぁ?」
学校が始まるまであと1週間。生殺しってこのことか!
打ち明ける
20130114
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