「小町!」
声に振り返った時には時既に遅し。暴走したバイクが目の前に迫って、私共々柵を乗り越え海の上に飛び出した。
そんな状況でも不思議と人間冷静なもんで、コンマ一秒の世界で真っ青な上司の顔と私をひいた張本人である天パ白髪が瞳に写った。
あ、でもフラッシュバックにはならないんだ。人生振り返らずに死ぬのかな、私。
らびんゆー
「う〜…違うから、それマヨじゃなくて木工用ボンドだから〜……
ハッ!?」
「……オメェはなんつー起き方してんだ」
「あれ?その声銀さん?」
「うん、銀さん」
「本当に銀さん?天パで白髪で運気も婚期も逃したって有名な天パの銀さん?」
「なんで天パ2回言ったよ」
「ノリだ」
「ノリか」
私が分からなくても仕方がなかった。なぜなら私の隣のベッドに寝ていたのは包帯でグルグル巻きにされた物体Aだったからだ。物体Aがグルグル巻きにされた知り合いと気づかなかったら確実に見ないふりを決め込んでいただろう。
「ここ……病院?」
「そ、病院」
「私足骨折しちゃったんだ」
「俺なんかマンシンソウイだよマンシンソウイ」
「見ればわかる。でも同情はしないからね」
「いやでも元はお前の上司がノーヘルってだけで俺を50kmもねちこく追いかけてきたのが悪いんであってな、つまり」
「……」
「ごめんなさい」
「よろしい」
ニカッと笑って言えば銀さんがヤベェ、タッたわーと小さい声で呟いた。お願いだから世界のために死んでくれないかな。
「なんでバイクにひかれた私より銀さんのが重症なの?日頃の行いの差?」
「お前はまた笑顔でとんでもないこと言うな」
「斬られても斬られても蘇るゾンビみたいだよね」
「お前に言われたくないつーかなんでバイクに全力で突っ込まれて足の骨折だけなんだよ。人間として死んどけよそこは」
「君とは作りからして違うのだよ坂田くん」
「うっぜー」
死んだ魚のような目だけのぞかせて物体Aは言った。
「それで本当にどうしてそんな大怪我になったわけ?」
「心配してくれてんの?」
「一応ね。一緒に海にダイブした仲だし」
「まあな。あのまま海にダイブしただけなら俺は無傷でいた自信があるよ」
「どういう意味?」
「リンチされたんだ」
「え、」
「海から這い上がって多串くんにお前預けたまでは良かったんだけどさ、かぶき町に戻ってきた途端……」
「そんな酷いこと誰が…」
「お前の上司たちが斬りかかってきたんだよ。丸腰の市民に」
「すみませんでした」
迷わず頭を下げた。つーかなんちゅーことしてんだあいつら。市民ボコって病院で物体A作り上げることがお前らの仕事だったのか、真選組。
「今回ばかりはマジで二度と目を開けることはないと思ったね、実際」
「ほんっとごめん。今度全員スマキにして池に入れとくから」
「いや、まあいいんじゃね?」
「いや、良くないでしょう」
「今回ばかりはあいつらが正しいよ」
「市民フルボッコにすることのどこが正しいの」
「だってお前怪我したし」
「うん?」
「わかんねーの?」
勿体ねぇなと銀さんが呆れたような声を出したけど、何が勿体ねぇのかさっぱり分かんない。
ベッドの背もたれに寄りかかり、ため息を1つ。銀さん殴る暇があるなら真面目にパトロールの1つでもしてよ、と脳内一人ごちる私に銀さんが笑った。
「お前、愛されてんなぁ」
20100529